次の日の朝、C社長は会社近くにある焼肉店の個室を予約し、Aをランチに誘った。

「この店の焼肉はお肉が柔らかいから、歯が悪い私でも美味しく食べられて最高だよ。アハハ……今日は私のおごりだから、ジャンジャン食べてくれ」

 無理にその場を盛り上げるC社長。Aも焼肉は大好物なのでどんどん箸が進み、和やかな雰囲気の中で食事が終わった。お茶を飲んでいるAを見ながら、C社長は肝心の話を切り出した。

「再雇用の件だが……」

 Aは手にしていた湯のみ茶碗をテーブルにバンと置いた。

「それでしたら昨日B部長にも言いました。絶対、再雇用してもらって、管理課で働けるようにお願いします!」

定年後再雇用に関する決まりとは

 Aの説得に失敗したC社長。意気消沈しながら会社に戻ると、D社労士が応接室で待っていた。C社長は驚いて尋ねた。

「あれ、今日はどうしたの?」
「13時に社長と面談のお約束をしていたはずですが」

 Aの件で頭がいっぱいだったC社長は、すっかりD社労士との約束を忘れていたのだ。あわてて謝ると、2人はてきぱきと要件の打ち合わせを進めた。面談が終わったところで、C社長はD社労士に尋ねた。

「会社で今年定年になる社員がいますが、定年後再雇用しないと話したところ、強い口調で拒否されました。どうしたらすんなりと諦めてもらえるでしょうか」

 Aの件について詳細を聞いたD社労士は、「定年後の雇用については、法律の決まりがあります」といい、次の説明をした。

<65歳までの雇用確保義務> 2013年改定・高年齢者雇用安定法第8条・第9条
 事業主が定年を定める場合は、60歳未満の定年を禁止する
 定年を60歳から65歳未満に定めている事業主は、以下のいずれかの措置を講じる義務がある。
(1)定年を65歳に引き上げる
(2)定年制を廃止する
(3)65歳までの継続雇用制度(勤務延長制度・再雇用制度)を導入する
 〇 勤務延長制度と再雇用制度の違い
  ・勤務延長制度……定年の設定はあるが、その定年年齢に到達した従業員を退職させることなく引き続き雇用すること
  ・再雇用制度……定年年齢に達した従業員をいったん退職させた後、新たな雇用契約を締結し働いてもらうこと
 〇 継続雇用制度は原則として希望者全員に適用する
 〇 ただし、2012年改正法の経過措置により、2013年3月31日までに労使協定により制度適用対象者の基準を定めていた場合はその基準を適用できる年齢を2025年3月31日までに段階的に引き上げなければならない。2023年現在は64歳以上の従業員が対象である

 参考:厚生労働省 高年齢者雇用安定法改正の概要(PDF)

「すると会社は、Aさんが定年後再雇用を希望する場合、雇う義務があるんですね?」
「はい、原則はそうなります」