自分の意見の表し方を徹底して鍛えるミラノの学校教育

 それでは教育はどうでしょうか。ミラノ生まれの子どもを育ててきた経験や、仕事で関係する大学生たちとの付き合いから、デザインディスコースの成立に関わるミラノの教育の二つの特徴に注目してみましょう。

 一つ目は小学校のときから口頭試問と筆記試験の結果が半々で成績に反映される、ということです。先生の質問に対し、生徒は先生の表情を見ながら答えをチューニングしていきます。それは先生が納得すると良い点が取れるからです。筆記試験よりも圧倒的に「自分の考えの表し方を工夫する」「自分の教科書以外の知識や経験の全てを用いながら総力戦として立ち向かう」という力が問われます。これはその上の学校教育を通じても変わりません。したがって、自分なりの意見の提示の仕方は徹底して訓練されます。

 確かに、これはデザインディスコースの活性に貢献するでしょう。しかし、学校や国によって程度の差はありますが、欧州各国の教育では口頭試問が重視される傾向はあるようです。

 二つ目の特徴は美術教育です。私の息子はミラノ市内の科学系高校に通いました。そこで学ぶ科目の一つに美術史があります。500ページに及ぶ教科書が上下巻あり、数年に渡って勉強します。教科書には古代からの壁画、絵画、建築などが2ページに一つは紹介されており、それらが分析とともに説明されています。よって、何かを見たときに、それを分析的に考える習慣ができています。例えば、日本の京都の店先で見つけた工芸品と東京の家電量販店で見掛ける製品の間に日本文化の傾向を見いだそうとします。これもデザインディスコースの参加メンバーの一人として大切な傾向です。

 こうした美術史教育が欧州の中でどれほど一般的なのかを、私は知りません。ただし、イタリア以外の欧州の人と一緒に日本に滞在した際、似たような問い掛け――すなわち、日本の伝統的な考え方と現代のそれの関係――を受けることは多々あります。欧州各国の美術館で、学生たちが先生から作品の説明を聞いている風景をよく見掛けますが、そうした教育が関心の背景にあることは想像に難くありません。また、日本でもそういう教育がまったくないわけではありませんし、日本の人も過去と現在の意味の関係に関心を示します。関心の濃度に違いはあるかもしれませんが、この点でもミラノが特別というわけではなさそうです。