「一般の人たちに医療情報をやさしく伝えたい」。SNSで情報発信を続ける有志の医師4人(アカウント名、大塚篤司外科医けいゆうほむほむ@アレルギー専門医病理医ヤンデル)を中心にした「SNS医療のカタチ」。2022年8月「SNS医療のカタチ2022~医療の分断を考える~」というオンラインイベントが開催された。
生まれてから死ぬまで、どんな形であれ「医療」というものに関わらない人は一人としていないだろう。にもかかわらず、わたしたちと「医療」の間には多くの「分断」が存在する。そしてその「分断」は、医療を受ける人にも医療を提供する人にも大きな不利益をもたらすことがある。今ある「分断」をやさしく埋めていくために、また、「分断」の存在そのものにやさしく目を向けるために必要なこととはーー。イベントの模様を連載でお届けする。3回目は、アトピー性皮膚炎治療をめぐる「医療情報」との向き合い方について大塚篤司氏(近畿大学 医学部皮膚科学教室 主任教授)が語る。(構成:高松夕佳/編集:田畑博文)

【皮膚科医おーつかと学ぶ】SNSからはじまる新たな「創薬入門」Photo: Adobe Stock

Bench to bedside

 私の仕事は薬を創ることです。小児喘息を患った経験から医者を志したのですが、医学部に入ると、治せる病気よりも治せない病気のほうが多いことに気づきました。それなら自分は新しい薬や治療法を開発し、治せる病気を増やすことに貢献したいと思い、研究の道に進みました。

 医学研究の世界には「Bench to bedside」という言葉があります。患者に起きている現象の原因を考え、実験室で証明し、その結果を治療法や薬の開発に活用する。この過程をぐるぐる回していくことが大事だと言われています。しかし研究を始めてみると、これは非常に大変なことでした。

 というのも、医学研究における発見と実際の患者治療の間には、「死の谷」と呼ばれる非常に深い谷が立ちはだかっているからです。

創薬に立ちはだかる「死の谷」

 例えば研究者が「物質Xを止めればがんが治る」という大発見をしたとします。まずはそのXを止める化合物としてどれが優れているかを、何万もの中からさまざまな検証をして見つけ出し、より効果の高そうなものを選び出します(スクリーニング)。この作業にまず、何年もかかります。

 その後、創り出した薬剤の安全性を確認する臨床試験を第1~第3まで行います。第1相臨床試験では数人の健康な人、第2相で患者に試し、第3相で何百人、何千人に対する治療効果を判定します。こうして初めて薬剤は患者さんのもとに届くことになります。

 化合物生成には細かな基準やルールがたくさんありますし、臨床試験の開始には、厚労省が管轄する「医薬品医療機器総合機構(PMDA)」と交渉しなくてはなりません。そしてこれらの試験達成には、億単位のお金がかかります。

 その資金を国に申請するのか、製薬会社からの補助を受けるのか、これまた交渉が必要になる。こうした諸々のハードルをすべて超えなくては、新しい薬はできないのです。そのことをまずは覚えておいてください。

ステロイド剤使用をめぐる分断

 私の専門は、アトピー性皮膚炎です。アトピー性皮膚炎界ではもう長らく「ステロイドを使う派」と「使わない派」という分断が起きています。

 この分断の始まりは、1992年7月、とあるニュース番組で1週間にわたって組まれたステロイド特集でした。有名なニュースキャスターが、「これでステロイド外用剤は、最後の最後、ギリギリまで使ってはいけないことがよくおわかりになったと思います」と番組を締めたから大変です。

 翌日から皮膚科外来は大混乱に陥りました。ステロイドは使いたくないという患者さんであふれ、これまでステロイドで治療がうまくいっていた患者さんもやめたいと言い始める始末です。

 そのうち、ステロイド不使用の民間療法やアトピービジネスが流行り始めます。数十万円もする防ダニグッズや健康食品を買ってステロイドをやめた患者さんが、つらい思いをされるということが20年ほど続きました。

 だいぶ下火になりましたが、SNSにはいまだに誤った情報が残り、拡散されています。例えば「ステロイド外用剤で皮膚が黒くなる」というのは完全な誤りです。皮膚を黒くしているのは炎症自体であり、皮膚の炎症を抑えるステロイドは、むしろ黒くなるのを止める薬です。

 また、子宮に毒が溜まる「経皮毒」が起きると言われますが、科学的証拠はありません。また、民間療法をやられる方は「好転反応」という言葉に惑わされがちです。こうした間違った情報に引っ張られていると、アトピーをますます治りにくくしてしまいます。

 アトピー性皮膚炎について書かれた一般書の8~9割は、間違っていると考えてください。民間療法の宣伝や根拠のない医療情報でしかなく、勉強すればするほど間違った方向に行ってしまいます。

 テレビで飛行機事故の映像を見た後、飛行機に乗りづらくなるなど、インパクトのある出来事に自分の行動が左右されてしまうという人間心理「利用可能性ヒューリスティック」が知られています。マスメディアが伝える「ステロイドは怖い」という情報を見た人が、ステロイド使用に恐怖心を抱くのは当然です。誤った情報が流布することによって困る人、健康被害を受ける人は確かにいるのです。