脱ステのきっかけは医療不信
では、脱ステロイド、ステロイドを嫌悪する患者さんが生まれたのは、マスコミだけのせいなのでしょうか。僕はそうではないと思っています。
アトピー性皮膚炎の患者さんでステロイドを使ったことのない方はいません。使った上で、治らないから脱ステロイドの民間療法に向かう。つまり、原因は医者にあるのではないかと思います。
医師が初対面の患者さんに「なぜこんな状態になるまで放っておいたのですか」と叱る場面はよく目にしますし、ステロイドについても「この薬は怖いので使いすぎないように」と言う医者がいたかと思えば、別の病院では「安全なのでしっかり使うように」と指導されたりする。「アトピーって治るんですか」と聞かれて、「治りません、諦めてください」と言ってしまう医師さえいる。それでは患者は医療不信に陥り、治してくれそうな民間療法に心が傾くでしょう。
ステロイド外用剤の使い方も問題です。顔における吸収率は顔以外の皮膚の13倍高く、副作用も起きやすい。1980年代には酒さ様皮膚炎という副作用が多発した結果、ステロイドの副作用が広く知られるようになりました。
ステロイドを怖がる患者さんを正論で説得しようとすると、バックファイア効果が出て、誤った認識を強化してしまうことがあります。嫌悪感や怒りを抱く人から助言されると、健康リスクを低く考えるようになるという論文もあります。まさにこうしたことが今の「医療の分断」にも起きているのではないでしょうか。
アトピー性皮膚炎の仕組み
ここで少し、アトピー性皮膚炎の話をしましょう。アトピーの主な原因は肌の乾燥です。乾燥肌にはフィラグリンというタンパク質の減少が作用しているので、フィラグリン遺伝子に異常のある人――親指の付け根に深いシワがある人――はなりやすいことがわかっています。乾燥肌だとアトピーに限らずさまざまなアレルギー症状が起きやすくなります。
人間の身体は、口から入ったものは安全だとして受け入れるようにできています(経口免疫寛容)。一方、皮膚から入るのは不正侵入です。身体が危険と認識するため(経皮感作)、アレルギーの原因となります。
まるで韓国ドラマ「愛の不時着」です。主人公2人がもし正当な手順を踏み、ビザを取得した末に出会っていれば、あのように命を狙われることはなかったはず。アトピー性皮膚炎も、口から入ればいいものを、皮膚に「不時着」したせいで起きている問題なのです。
近畿大学 医学部皮膚科学教室 主任教授。
1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。2021年4月より現職。皮膚科専門医。がん治療認定医。アレルギー専門医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、AERA dot.・京都新聞「現代のことば」連載をはじめ、コラムニストとしても活躍。著書に『最新医学で一番正しいアトピーの治し方』(ダイヤモンド社)『教えて!マジカルドクター病気のこと、お医者さんのこと』(丸善出版)『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版)がある。
アトピー治療の最前線
皮膚アレルギーを防ぐには、とにかく肌を保湿することです。肌が乾燥するとバリア機能が落ち、花粉やダニなどの微細な成分が入ってきます。
それらを人体が敵(アレルゲン)として認識し、アレルギー反応が起きるのです。まずは肌についた埃や花粉を洗い流し、保湿剤を塗りましょう。
湿疹のある箇所にはステロイド外用剤を塗布します。適量は、人差し指の第1関節程度(0.5グラム)。これより少ない量を無理やりすり込まないように注意してください。
アトピー性皮膚炎治療は、日々進化しています。2018年以降、重症患者には注射薬(デュピクセント)も使えるようになりました。ステロイドとは違う作用の塗り薬や飲み薬も登場しています。従来のステロイド外用剤が炎症の起きているところ全体をやっつけるものなのに対し、新しい治療法はタンパク質Th2サイトカインだけをピンポイントでブロックします。
その他、細胞内のターゲット分子を抑える治療法もあり、これらを組み合わせることで、ステロイド剤に拒否反応がある人、ステロイドだけでは足りなかった人もカバーできるようになりました。