「ESG」は個別企業の
株価上昇のために存在するのではない

 ESGが年間+1%の程度の超過リターンしかもたらさないならば、ESG推進のためにヒトやカネなどの経営資源を投じることが虚しく感じられる読者もいるかもしれない。しかし、ESGを主軸とした企業競争のゲームチェンジはすでに始まっており、そこから降りることはできない。
 
 そもそも、ESGは個別企業の株価パフォーマンス(証券投資におけるα、アルファ)の最大化のために存在しているわけではない。株式市場全体のパフォーマンス(β、ベータ)の増進のために「ESG」は存在する。この考え方は「βアクティビズム」と呼ばれ、企業、投資家、ひいては社会全体の経済厚生にとってのESGの存在理由となる基本理念だ。

 むしろ、ESG銘柄がアウトパフォーマンスしないからこそ、これまで環境や人権に配慮しない企業活動の問題(負の外部経済)が野放しになっていたのであり、それに抑止をかけ、矯正するための国際的な枠組みこそが「ESG」なのだ。
 
 逆説的だが、ESG銘柄の株価が放っておいても上昇するのならば、ESGという概念が生まれていなかったはずだ。
 
 また、ESGという概念や標語の発祥が、2004年~06年にかけての国連環境計画金融イニシアティブ(UNEP FI)による報告書や責任投資原則(PRI)であり、その策定を主導したのがグローバル金融機関であったという事実も、記憶に留めておかねばならない。(このあたりの詳細は、近著『ESG格差~沈む日本とグローバル荘園の繁栄』に詳しい)