デザインにまつわるナレッジを、社会の中で対流させる
――組織全体へのデザイン思考の浸透度はいかがでしょうか。
宇田 全社員が自律的な行動を取れるというレベルでの浸透という意味ではまだまだですが、発想の起点が「お金」から「ユーザー」へと変化しつつあります。コストや売り上げより「誰が使うのかな」「どんなユーザー体験になるかな」という視点を即座に持てる人の割合が増えれば、もっとお客さま企業や社会から信頼が得られる会社になると思っています。
――これからの課題は何でしょう。
宇田 社内だけ、業界だけ、国内だけを見るのではなく、もっと世界に対して好奇心を持ち、その中で日本らしいデザインを考え抜く必要があります。今年1月に米ラスベガスのCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)に行って、海外企業に比べて日本企業のデザイン理解があまりにも遅れていることを痛感しました。米国のデザインファームとのディスカッションでも「ビジネスやテクノロジーで日本に勝ち目はない」とはっきり言われました。しかし、それでも日本の良さや強みを生かせる部分はある。例えば、アニメやエンタメのようなユニークなものを生む土壌は世界でも一目置かれていますが、そうした、目の前の売り上げや利益から少しずれたところから面白いものを導き出す余白が必要だと思います。日本らしさにこだわるべきというお話は、先日のJEITA(電子情報技術産業協会)デザイン委員会主催のセミナーでデンマークデザインセンター(DDC)のクリスチャン・ベイソン氏も言及していました。
――富士通のような成熟した組織で、そのように「少しずれた余白を持つ」というのも難しいように思います。
宇田 社内マネジメントとして、まず組織をフラットにすることが重要ですね。そして、個々のメンバーの活動を制限しないこと。その上で最も重要なのは、一見すると非効率に見える活動に対しても僕が「NO」と言わず耐えること(笑)。この文脈においては、僕は自分を「盛り上げ役」だと思っているので、どんなことでも「ダメ」とは言わず、「いいね、いいね」「どんどんやって」と盛り立てます。そして、何かが出てきたらキャッチして「紡ぐ」。面白いアイデアやチャレンジを単発で終わらせず、「これをあれと紡いだら社会にインパクトを与えて、面白いことになるかも」という視点でサポートするのがリーダーの仕事だと思います。
同時に、社外に対しては社内のナレッジをどんどん出して、デザイン業界や社会に対流させていきたいと思っています。そうしないと、日本のデザインが良くなりません。
――社内で制作されたデザイン思考のテキストブック「Transformation by Design」も、無料公開されていますね。
宇田 よくある誤解ですが、これは「デザイン思考のテキストブック」ではなく「変革の手段としてのデザインの意義・役割を示した解説書」なんです。富士通の社内にデザイン経営を埋め込むだけでなく、日本全体をデザインで良くしたいと思っているので、デザインによる変革で培ったものはなるべく社外に公開しようと思っています。デザインの歴史をひも解きながら、DXやAI倫理などの話題までカバーしているので、デザインの可能性を広く捉える内容になっています。まさに「デザインの力によって変革を進める」内容となっていますので、多くの企業にぜひ参照してほしいですね。