「過去に、ある社長が保険に入っていて、その保険金で債務を解消して会社を存続させようとしたという例がありました。非常に責任感ある社長は、自ら命を絶たれて債務をきれいに清算してほしいという遺書を残した。ところが、真っ先に差し押さえて回収していったのが年金事務所だった。結局、取引先や従業員には微々たるお金しか残らず会社は存続できなかった。社長さんの思いは果たせなかった、みたいなことがありました。

 金融債権はカットすることが可能なので、債務超過になっても債権カットをお願いして企業存続の可能性を探ることができます。一方で社保滞納は絶対カットできない債権です。ですから社保倒産となった事業者は破産、解散、つまり『清算型倒産』に追い込まれ、事業が存続できないケースがほとんど。社保倒産というのは極めて厳しい倒産なのです」(藤原弁護士)

年金事務所の一言で
「わが社はジ・エンドです」

 前出のX氏はため息をつく。

「もちろん当社に納付の意思はありますし、返済計画や経営計画も提出しましたが、いくら説明しても年金事務所は理解しようとしてくれないのです。担当者は『金融機関から借り入れしてでも返済を』と冷たい物言いに終始する。現在、わが社は金融機関からの追加融資も不可能な状態となっており、年金事務所から換価手続きに入ると言われてしまえば、ジ・エンドです。事業停止・破綻するしかありません……」

 換価の猶予後に待っていたのは厳しすぎる現実だった。A社が存続できるのか否か、年金事務所との交渉は今春に山場を迎えることになるという。

 事業者の声を拾っていくと、コロナ禍が徐々に落ち着いてくる中で、年金事務所は“平時”に戻ったと考えている節がうかがえるという。

「事業者側としてはコロナも完全に収束してない上に円安、物価高騰などのマイナス要因ばかり。それなのに年金事務所側は、不景気なんて知らぬとばかりに『完済してください』の一辺倒。上から徴収強化の指令が出ているのではないかと思われる物言いが多い。昨年秋以降、事業継続に対する配慮よりも、滞納金徴収の方が優先されてきている、という印象があります」(中小企業経営者)

 実際に年金事務所によって倒産に追い込まれたケースも存在する。

 売上高数億円、従業員50人という中堅アパレル関連企業のB社は、今月1月に「破産」した。同社の息の根を止めることになったのが“社保”であった。

「B社はコロナの影響もあり資金繰りが急激に悪くなり、社保については20年から換価の猶予を受けていました。今年に入って年金事務所から『滞納分について何カ月も待つことはできない。4500万円を1月中に一括で払ってください』と通告されており、資金繰り破綻により企業存続を諦め、破産の道を選ぶことになったのです」(B社関係者)

 食品会社のC社も3月頭に「破産」した。同社も年金の滞納をしていたという。引き金を引いたのは同じく年金事務所の督促だった。社保滞納から資金破綻に至り、破産するというプロセスはB社と同じだ。今年になって経営に苦しむ中小企業に対して、年金事務所が「死に神」となって“大鎌”を振るうケースが続発しているのである。

 不景気の荒波に苦しむ中小企業を襲う“社保倒産”という悪夢。今後その数は急増していく可能性がある――。

 次回は衝撃の数字とともに、社保倒産の裏に潜む大きな矛盾についてレポートをする。(つづく)

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