コミュニケーションはもっとシンプル
「どうにかなる」と思うことは大切

布袋 コロナ禍になって、仲間やご近所の方との会話に、医療や政治など、深刻な話題が増えてくると、自身の知識のなさや考えの浅さを反省することもよくありました。

 通訳ももちろんそうですし、ビジネスや教育の現場など突き詰めて話すような場では、目的や確固たる考えが必要になりますね。明確な言葉を介し、相手にきちんと伝えなければいけないフィールドで勝負している人は大変だと思います。

田中 私は「通訳」という職業柄、言葉の世界にいるので、日々、自分の言葉の限界に打ちのめされています。

田中慶子氏プロフィール田中慶子(たなか・けいこ)
同時通訳者、Art of Communication代表。ビル・ゲイツ、デビッド・ベッカム、U2のBONO、ダライ・ラマなどの通訳を経験。「英語の壁を乗り越えて世界で活躍する日本人を一人でも増やすこと」をミッションに掲げ、英語コーチングやエクゼクティブコーチングも行う。著書に『不登校の女子高生が日本トップクラスの同時通訳者になれた理由』(KADOKAWA)、『新しい英語力の教室 同時通訳者が教える本当に使える英語術』(インプレス)。

 以前、布袋さんのライブをベルリンで拝見させていただいたとき、言葉がなくても布袋さんの音楽で現地の人たちが皆、ハッピーになっていました。「音楽」という言語を持っていらっしゃるので、演者も観客も、言葉を介さずともエキサイトメントを共有できている。それがうらやましかったんですね。

布袋 初めは、英語の中で生きていくつもりだったのですが、ロンドンは多国籍な街で、バスや地下鉄では、英語以外の言葉を使った会話がよく聞こえてきます。また、イタリアへ行けばイタリア語、ドイツへ行けばドイツ語など、ヨーロッパにいるとさまざまな言語に触れることがあります。そう考えたとき、コミュニケーションというのはもっとシンプルなものだろうと考えるようになりました。

 コミュニケーションで必要なものは、語彙力だけではない。表情や感覚など、手段はいろいろで、言葉でなくても、人間として、一瞬にして通じることもある。イマジネーションの豊かさ、リズムやテンポ、センスやユーモアも必要ですよね。

 イギリスという国はどこか堅苦しいイメージが強いですが、実はユーモアを重んじる文化があって、2012年のロンドンオリンピックの開会式の演出では、ジェームズ・ボンドにエスコートされた女王陛下が寸劇に出演したこともありました。ほかの国ではなかなかできないですよね。そういったオープンさというか、適切なタイミングで気の利いたユーモアや、時としておなかの底からは笑えないような皮肉を交えた会話をするのも、イギリスの独特なところだと思います。

 20代の頃からイギリスを何度も訪れるようになり、言葉がなくても伝わる仲間やフィールドを見つけて、音楽を頼りに、なんとなくここまで来ました。英語はまったく体系的に勉強したことがないのですが、音楽的な勘が働くんです。

 人の会話の内容はわかるし、話している人のキャラクターや、場の空気を読んでいるから、コミュニケーションは成り立ってしまう。「どうにかなる」と最初から思っている部分があるんですよね。それは僕のいけないところでもあるのですが(笑)。

田中 でも、「どうにかなる」と思うことは、実は英語を話す上でとても大事なことなんです。

布袋 先ほど、「言いたいことを明確にしておく」という話がありましたが、シンプルにコミュニケーションや英語を使うという点においては、あまり目的をしっかり定めすぎないほうが、僕は自由でいい。

 自分を枠にはめたくないですし、空白のまま行きたいと思う部分もあるんです。アーティストだからと逃げているのかもしれませんが(笑)。

対談風景Photo: Yukari Morishita

 だいたい、僕たちが、日本語を話せる外国人と話すとき、自然に相手の日本語力に合わせてチューニングして会話をしますよね。ゆっくり、シンプルな単語ではっきりと話したり。ですので、ガチガチに言葉を用意しておき、会話自体は成り立ったとしても、どこかの瞬間で「こいつ、わかっていないな」ということはすぐにバレると思うんですよね。

田中 英語でのコミュニケーションにおいてだいたい失敗するのは、わかっているふりをしたときです。「失敗」というのは、理解し合えなかったり、「この人はわかっているふりをする人だ」と思われたり。ですから、「わからないときにどう切り抜けるか」というのは、異文化や異言語の中で暮らすときに、とても重要なサバイバルスキルかもしれませんね。

布袋 僕は間違いなく、「こいつ、わかっていないな」というのがバレていますね(笑)。そうした場合、僕たちはお茶を濁して別の話題に移ることもできますが、慶子さんのように通訳やビジネスの場合は、絶対逃げられないですよね。しかも、通訳をされている側の人って、「通訳をしてもらうプロ」でもあるので、相手側の言語がわからなくても、意外とその通訳者のレベルを見抜くものじゃないですか。

田中 以前、ブライアン・メイ(※ロックバンド・クイーンのギタリスト)の通訳をさせていただいたことがあるのですが、そのときにブライアンさんが、「通訳、うまかったね」と言ってくれたんです。“How do you know?”(日本語がわからないのに、なぜそう言えるの?)と聞いたところ、“I know.”(いや、わかるんだよ)って言っていました(笑)。たしかに話の流れで、通訳の質がわかってしまうのかもしれません。