40歳を目前に会社を辞め、一生懸命生きることをやめた韓国人著者のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が売れに売れている。韓国では25万部のベストセラーとなり、今年1月には邦訳版も刊行され、こちらもすでに4.5万部突破と絶好調だ。
日本でも「心が軽くなった」「共感だらけの内容」と共感・絶賛の声が相次いでおり、日本版の帯には有安杏果さんから「人生に悩み、疲れたときに立ち止まる勇気と自分らしく生きるための後押しをもらえた」と推薦コメントも寄せられている。
多くの方から共感・絶賛を集める本書の内容とは、果たしていったいどのようなものなのか? 今回は、本書の日本版から抜粋するかたちで、自己肯定感について触れた項目の一部を紹介していく。(初出:2020年4月8日)

自己肯定感が低い人ほど、実は自身を「過大評価」している【書籍オンライン編集部セレクション】Photo: Adobe Stock

自分の姿に悲観して自殺するのは人間だけ

 先日、YouTubeで法輪和尚(ポンニュンおしょう)〔韓国の著名な仏教僧〕の講演を見ていたら、自尊感(自己肯定感)について、これまでにない新たな解釈が語られていた。

 和尚のお言葉によると「人は自身を評価するとき、たいてい良いほうに評価しようとする。そして自尊感が低い人ほど好評価を越え、自身を過大評価する傾向にある」のだそうだ。

 おや? 自尊感が低い人は自身の存在を低く評価しているのではないのか? 逆に過大評価とは、一体どういうことだろう? 思わず耳を傾けた。

「自尊感が低い人たちは、自身を過大評価し、素晴らしい人間だという幻想を持っている。この幻想と現実のギャップが大きいほど、悩みも大きくなるのです。

 自分はこんなに立派なはずなのに、現実の自分は惨めで取り柄もなく、認められてもいない。こうして今の自分の姿に不満がつのり、次第に憎らしく、見るのも嫌になっていく。その究極が自ら命を絶つという悲劇につながる」

 さらに法輪和尚の話は続く。

「リスは(法輪和尚はたとえ話にリスを登場させるのがお好きである)、ほかのリスより美醜(びしゅう)に劣るとか、ドングリを集められなかったからといって自殺したりはしない。動物たちには幻想がなく、ありのままの自分で生きている。現在の自分の姿に悲観して自殺を選ぶのは人間だけなのです。

 ゆえに、幻想の姿に自分を合わせようとあらがうことは好ましくない。幻想を捨て、ありのままの今の姿を認め、愛しなさい。自分はまあこのくらいの人間なのだ、それでも悪くないね、と」

 人によっては共感できないかもしれないが、僕はいたく感嘆し、ひざを打ちまくった。

ダメな自分を認めると、自己肯定感は自然に高まる

 告白すると、僕はまさにその“自分を過大評価している人間”そのものだった。自分が大人物だと思い込み、将来もそうなると固く信じていた。

 自分はもっと意味のある生産的な仕事をする人間であり、他人と同じようにあくせくする人間ではないと思っていた。なんなら、自分だけは老いも死にもしないだろうと、ありえないことまで考えていた。

 ところが現実はそうじゃなかった。

 自分に与えられた仕事はたいした意味もなく、ただお金を稼ぐためのものだった。さらにはそのお金だって、世間一般ほどに稼ぐこともできず、不満だけがつのった。毎日苦しいのに、幻想の自分の姿には一歩も近づけず、やるせなく、焦り、いつだって満たされない気分だった。

 そしてようやく今、自分が存在しているのはただ生まれたからで、特別な理由があるわけではないことに気づいた。自分はたいした人間ではなく、平凡でちょっと不器用な存在であるということ。幻想の姿とはかけ離れていることを悟った。そして、自尊感は地に落ちたと思った。

 しかし、だ。

 ダメな自分を認めてから、逆に自尊感が向上した。

 実際にそこを境に少しずつポジティブ人間になれた。小さなことにも感謝でき、仕事や人生に大きな意味を見出そうとしなくなった。生きていて初めて、幸せな気分を感じたのもこの頃だったと思う。

 なぜだろう? 状況は変わらないのに、こんなに幸せでもいいのかなってくらいに、生まれて初めての不慣れな感情に戸惑った。

 自分が何者でもないと認めてから自尊感が普通レベルに向上したというのだから、人生とはやはり皮肉なものだ。

(本原稿は、ハ・ワン著、岡崎暢子訳『あやうく一生懸命生きるところだった』からの抜粋です)

ハ・ワン
イラストレーター、作家
1ウォンでも多く稼ぎたいと、会社勤めとイラストレーターのダブルワークに奔走していたある日、「こんなに一生懸命生きているのに、自分の人生はなんでこうも冴えないんだ」と、やりきれない気持ちが限界に達し、40歳を目前にして何のプランもないまま会社を辞める。フリーのイラストレーターとなったが、仕事のオファーはなく、さらには絵を描くこと自体それほど好きでもないという決定的な事実に気づく。以降、ごろごろしてはビールを飲むことだけが日課になった。特技は、何かと言い訳をつけて仕事を断ること、貯金の食い潰し、昼ビール堪能など。書籍へのイラスト提供や、自作の絵本も1冊あるが、詳細は公表していない。自身初のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が韓国で25万部のベストセラーに。