『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、早稲田Wikipedianサークル代表のユージン・オーマンディさん。『独学大全』とウィキペディアはとても相性がいい」と語る理由を詳しく聞いた。(取材・構成/書籍オンライン編集部)

ウィキペディア編集者のためのハウツー本

――前回のインタビューでは、ウィキペディアの編集は、独学に役立つという話をお伺いしました。ユージン・オーマンディさんは、独学者の立場から、『独学大全』をどう読みましたか?

ユージン・オーマンディ(以下、O):ウィキペディア編集者のためのハウツー本であり、ウィキペディアと共通する理念をもった本だと感じました。

――「ウィキペディア編集者、つまりウィキペディアンの方々についてのハウツー本である」というのはどういうことですか?

O:ウィキペディアを編集する上で役立つテクニックが『独学大全』にまとめられているということです。実際、私自身が普段から無意識のうちにやっていることも、『独学大全』で技法として整理されており、びっくりしました。

 具体的には、参考文献を読むテクニック。調べ物の際、私は基本的に参考文献の必要な箇所しか読まないのですが、『独学大全』ではこれが「掬読」として紹介されていました。

 ウィキペディアに書き込むとき、一冊の本から数ページしか使えないことはざらです。大学でも「論文を書く際、参考文献は必要な箇所だけ読めばいい」と言われますしね。ウィキペディアを書くようになってその意味が分かるようになり、『独学大全』で技法として取り上げられていることで、さらに腑に落ちました。必要な箇所以外を「読み飛ばす」ことで、調査・執筆の効率は向上します。

 もう一つ、ウィキペディアの編集に役立つと感じた技法が、「NDCトラバース」です。先ほどの「掬読」は、資料を読む効率を上げるための技法ですが、「NDCトラバース」は文献を収集する効率を向上させるための技法だと思います。特に、「あなただけの書物は図書館のあちこちに分散して存在している」というのはステキな表現だと思いました。

ウィキペディア編集者の私が『独学大全』を推す理由NDCトラバースは、一つのトピックを複数の視点/分野から眺めて、多角的に捉えるために図書館分類を利用する技法である。
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 実際、私はクラシック音楽の記事を書く場合、NDC「7番」の芸術の棚とNDC「2番」の歴史の棚を行ったり来たりしています。例えば、ドイツの指揮者、作曲家のヴィルヘルム・フルトヴェングラーについて調べる場合、ナチスとのかかわりを無視できません。そのため、彼の指揮活動や作品についての本は「芸術」の棚、ナチスとの関わりについては「歴史」の棚を見ることになるのです。『独学大全』がこの行動に名前をつけてくれたおかげで、より意識的に実行できるようになりました。

――みんな、自分の欲しい情報は「本1冊」にまとまっていると思いがちだと思います。ユージン・オーマンディさんは、そもそもその思い込みはなかったのですね。

O:もともと色々な本や棚を見ていたので、本一冊に全てがまとまっているとは思っていませんでした。また、役に立つ本は様々な棚に散らばっているということもなんとなく気づいていましたが、ウィキペディア編集のためにOPAC(オパック、オーパック、Online Public Access Catalog、オンライン蔵書目録)を活用して体系的に調べるようになった結果、より実感が湧きました。

ウィキペディアと共通する理念をもった本

――「『独学大全』はウィキペディア編集者と同じ理念を持った本である」とは、どういうことですか?

 ウィキペディアが重視している理念や、ウィキペディアの活用可能性が、『独学大全』にも書かれていると感じたということです。特に下記の3つは印象に残りました。

・百科事典のすばらしさをうたっていること
・独学は孤学ではないということ
・アマチュアが知を追求することの意義について

『独学大全』では百科事典を「最初に立ち寄るべき街」と位置付けていますよね(290ページ)。素敵な表現だなと思います。一方ウィキペディアも「著作権フリーのオンライン百科事典」と自称しています。なお、フリーとは無料という意味ではなく、著作権に関する用語で、誰でも自由に使えるということを意味しています。これを実現させるために、ウィキペディアは「クリエイティブコモンズ」という国際的なライセンスを採用しています。 ウィキペディア編集者たちは、紙の百科事典が大好きな人が多いです。私もその筆頭ですね(笑)。先ほど「ウィキペディアの執筆をするのに、一冊この本があれば大丈夫ということはないよ」という話をしましたが、あえて付け加えるなら、百科事典が一冊あれば記事にの基本的な枠組みは決めることができます。

――読書猿さんも以前あるインタビューで「これは僕が考えたことじゃないですよ。百科事典にのっている内容です」とおっしゃっていました。

O:その話からも読書猿さんがウィキペディアン的なお考えをお持ちだとわかりますね。ウィキペディアンはとにかく「自分で考えたオリジナルのことは書いてはダメ」と徹底教育されるので。

―ー残りの2つについてはどうでしょう?

O:「独学は孤学ではない」。これは、そのままウィキペディアの理念にもつながります。ウィキペディアは自分が書いたことを、他の人が改善してくれることを前提としたプロジェクトですからね。

 最後の「アマチュアが知を追求することの意義」。『独学大全』とウィキペディアは「プロの研究者ではない人間が、いかに知的活動を行うか」という問題意識を共有しているのではと感じました。

 ウィキペディアの最大の魅力は、プロの研究者ではなくても、適切な手続きを踏めば誰でも他人の役に立つ記事を作成できる点だと私は思います。だからこそ私は、「学生時代の勉強は好きだったけど、就職を機になんとなく離れてしまった」という方に、是非参加してほしいと考えています。「もう大学を卒業したから」などの理由で勉強から離れるのは、あまりにもったいないと思うので。

『独学大全』も同様の問題意識をベースとして、知的活動をしたいと思う独学者にテクニックを伝えているのかなと感じました。だからこそ、『独学大全』を読んで面白いと思った方はぜひ、ウィキペディアの編集にチャレンジしてみてほしいですね。独学の成果が最も発揮できる場所の一つであることは断言します。

Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)
早稲田Wikipedianサークル代表、ウィキペディアン。名前はペンネームで、好きな指揮者の名前からとったもの。ボランティアとして、クラシック音楽や喫茶店に関する日本語版ウィキペディアの記事を編集している。また、早稲田Wikipedianサークル、稲門ウィキペディアン会を設立し、大宅壮一文庫や東京国立博物館でウィキペディア編集イベントを開催。
Twitter:@Wikipedian_W