『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、早稲田Wikipedianサークル代表のユージン・オーマンディさん。『独学大全』とウィキペディアはとても相性がいい」と語る理由を詳しく聞いた。(取材・構成/書籍オンライン編集部)

研究者に挫折。燃え尽きていた「好奇心」がウィキペディア編集で復活した

――早稲田大学を中心に活動する「早稲田Wikipedianサークル」は、ユージン・オーマンディさん(ウィキペディア用のペンネーム)が立ち上げられたんですよね。

ユージン・オーマンディ(以下、O):はい、2019年に立ち上げたので、今5年目になります。現在学内、学外とメンバー合わせて20名で活動しています。

――実は、読書猿さんも頻繁にウィキペディアを編集している「ウィキペディアン」だそうです。マシュマロの悩み相談に対する回答でも、ウィキペディアの編集をすすめていらっしゃいました。

O:そうなんですね! ウィキペディアと独学はとても相性がいいので、そう聞いて納得です。

――独学とウィキペディアは、なぜ相性がいいのでしょうか?

O:結論をひと言でいうと、「学んだことを適切にまとめられる場だから」です。これが一番大きな理由ですね。というのも、ウィキペディアには、次のような方針があるんです。

・検証可能性
・中立的な観点
・独自研究は載せない

 つまり、書き込む場合は「まともな文献に基づいて、1文1文脚注をつける」。そして「あなたの考えは要らない」という方針です。独学と相性がいいのはこの点です。ルールに基づいて真面目に編集していれば、「トンデモ自由研究」に陥ることなく、文献を参照しながら学んだことをまとめられます。

――なるほど。ウィキペディアを読む、情報を知るために使うのではなく、自分で「編集する」ことに意味があるんですね。

O:はい。独学に興味がある方はぜひ、ウィキペディアの編集にチャレンジしてみてください。みんなでウィキペディアを編集する行為は、『独学大全』の技法でいうと、15「会読」に近いかもしれませんね。私自身、ウィキペディア編集を始めて、自分の調査・執筆能力が劇的に向上しました。

独学したい人にとって「ウィキペディア」が最高のツールである理由「会読」は1冊の書物を皆で読む技法

 私はもともと音楽分野の研究者になりたかったのですが、その夢を諦めた人間です。大学に入るまではクラシックの指揮者の歴史を学ぼうと思っていたのですが、大学に入って「こりゃムリだ」と思ってしまったんですね。自分より知識があって、自分より手を動かせる人がいる。勝てない、と。あとは研究者をめぐる雇用状況も知ってあきらめました。

 研究者の夢を諦めた結果、好奇心や知識欲がなくなって、大学生活は完全に燃え尽きてしまっている状況でした。一時は飲み会と散歩の日々でした。それが、趣味でコツコツウィキペディアを編集するようになって、「自分はクラシックが好きだった」と思い出したんですよね。一度は折れていた心が復活したのです。

 記事の内容・参考文献を充実させることで、社会の役に立つことができる。そして自分としては、「趣味を共有できる友人がおらず、田舎でひとり本を読んでいた昔の自分」へのプレゼントとして記事を書いている感覚もあります。

――昔の自分へのプレゼント、ですか。

O:自分は田舎の出身で周囲にクラシック音楽という趣味を共有できる人はいませんでした。なので、あなたのいる図書館には「カール・ミュンヒンガー」という指揮者についての本はないかもしれないけど、私がウィキペディアに用意しておいたから読んでみてね、無料だよ、と。

「匿名だからこそ」個性が滲み出る

――「ウィキぺディアの存在は知っているけど、読んでいるだけ。今は研究者でも何者でもない。全くのアマチュアです」という人でも編集できるものなのでしょうか。

O:もちろんです。私は、ウィキペディアのいいところは天才じゃなくても書けるところだと思います。「独自研究をしてはいけない」という方針は、「人の言うことをまとめられれば書ける」ということですから。

――編集初心者は、どんな作業から始めれば良いですか?

O:例えば、興味がある項目を読んでみて、「誤字の修正」から始めてみるのはどうでしょうか。ウィキペディアのいいところは、とても柔軟性のあるメディアだということです。ちょこっと誤字を直すだけ、参考文献を加筆するだけでも誰かの役に立てる。もちろん、慣れてきたらがっつり執筆してもいい。

――ウィキペディアって、匿名ですよね。今は「承認されたい」という人も多くて自分でSNSを運営していることも多いと思います。オーマンディさんでいうと、自分でクラシックのブログを立ち上げることもできたと思いますが、なぜウィキペディアのほうが面白いと思われたのでしょうか?

O:2通りの回答があります。一つは自分を消した方がいいものができると思ったから。私が自分の意見をベースにブログを書いてもろくなものにはならない。それこそトンデモ素人研究になってしまう。自分の知性を信用していないので。完全に自分を消すという制約の中でこそ、いいものができると踏んだのです。

 2点目は、逆説ですが(同意してくれるウィキペディアンもいると思いますが)、ある人間の個性が最も出る瞬間って、その人が個性を消した時だと思うんですよ。なぜかというと、一つひとつの知識は文献に準拠しているし疑いのないものですが、それらをどういう順番で構成するか、何を書かないか、そういう判断に編集者の個性が色濃く出るからです。自己表現ではなく、制約のなかで出てくる個性が面白いと私は思うんです。

――名前が出ないのにやる気になれるものかな……と思いますが、モチベーションの維持はどうしていますか?

O:個人的な信念でもあるんですが、自分のためだけに何かやるのって面白くないですよ。限界があると思います。他人のために何かをする方が面白い。人の役に立ちますし、自分自身も違う世界を見ることができます。

 実際、単に趣味として本を読んでいただけでは、私は指揮者について現在ほど勉強していなかったと思います。

――オーマンディさんが、一人でウィキペディアン生活を楽しむだけでなく、サークルを作ったのはなぜなのですか?

O:ウィキペディアは一人でも編集できますが、他の人と協働したほうが、さらに楽しみが広がるんです。

「この記述ってどうですかね?」「これを知りたいけど、どの文献をあたるべき?」などとサークルのグループLINEでよくお互いに話をしています。ウィキペディアの話題を語り合える同世代が周囲にいないので、それで入ったという人が大半ですね。ちなみに、直近1ヶ月間で日本語のページを編集したウィキペディアンは1万人強。当然ですが、ここにも仲間がたくさんいます。

独学したい人にとって「ウィキペディア」が最高のツールである理由ウィキペディアにログインし、右上の「編集」ボタンを押すと誰でも編集できる。

独学に使えるウィキペディアの最強機能

――他に、独学に使えるウィキペディアの機能で、おすすめのものはありますか?

O:ウィキペディアには、ウィキペディア図書館というサービスがあって、アクセスするといろいろな電子ジャーナルを利用できるんです。アメリカ人名事典とかケンブリッジ大学出版局の文献とか。自分は音楽についての記事を編集することが多いので、Grove Music OnlineやJSTOREを利用することが多いです。ほかにも、年間購読料が数万円、十数万円するものが無料で利用できるので独学者にとっては超画期的なサービスです。

・登録から6ヶ月以上が経過したアカウントであること
・ウィキメディアのプロジェクト群で500回以上の編集履歴があること
・直近1ヶ月に10回以上編集していること
・現状でウィキメディアのいずれのプロジェクトでもブロックを受けていないこと

 こうした条件を満たすと、すごいサービスが解放されるので、ぜひ使ってみてください。

Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)
早稲田Wikipedianサークル代表、ウィキペディアン。名前はペンネームで、好きな指揮者の名前からとったもの。ボランティアとして、クラシック音楽や喫茶店に関する日本語版ウィキペディアの記事を編集している。また、早稲田Wikipedianサークル、稲門ウィキペディアン会を設立し、大宅壮一文庫や東京国立博物館でウィキペディア編集イベントを開催。
Twitter:@Wikipedian_W