ざわざわとした濃密な気配に満ちた森の中で、絶滅したはずのオオカミたちが、何かを探し求めるように仲間と共に動き始める――。2022年夏、東北芸術工科大学が主催する芸術祭「山形ビエンナーレ」に、山形の文化・風土をファンタジックな映像表現で描き出すオープンワールドゲーム『湖ノ狼(ウミノオオカミ)』が出展されて話題になった。開発者であるアートディレクターの鹿野護氏は、今、社会やビジネスを変革し得る新しい表現ツールとして、ゲームに大きな可能性を見いだしているという。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美)
ゲームで地域をフィールドワークする
――『湖ノ狼』はSNSでもすごい反響ですね。東北の風土を幻想的に表現した映像美も圧巻です。
山形盆地は、かつて大きな湖だった――という「藻が湖(もがうみ)伝説」から着想したゲームです。オオカミが仲間と共に湖を渡っていく、というシンプルな筋立てですが、実際の山形の地形を生かしつつ、実在の文化財も登場させ、現実と伝承を織り交ぜた世界を体験できるように設計しました。
――主に映像作品を手掛けてきた鹿野さんが、なぜゲームを開発することになったのでしょうか。
フィールドワークを通じて「なくなっていくものにスポットライトを当てたい」という強い思いが湧いたのが直接のきっかけです。今、日本各地で過疎化が進み、多くの文化財が朽ちたり取り壊されたりしてどんどん失われています。それとともに、各地の文化や風土に強くひも付いた物語や伝承もひっそりと消えていってしまう。これをうまく残す方法はないだろうか、と考えた結果、「ゲームなら人を魅了できるかもしれない」と思い至りました。
――物語の伝承という目的がまずあって、ゲームという手段を選択したという順番なんですね。
伝承したい文化や物語を本や映像で残す方法もありますが、ゲームとして世界観を作り込めば、その中に没入して遊ぶことができますし、能動的な行動と発見を促せます。旅先でふと路地に迷い込んだとき、その土地の素顔や文化が垣間見えるとワクワクしますよね? オープンワールドゲームの楽しさはそれに近くて、プレーすることが一種の「フィールドワーク」になることに気付きました。
展示期間中は子どもから大人まで熱心に遊んでくれましたし、展示終了後も「販売してほしい」「お金を払うのでプレーしたい」といった熱い反応をたくさん頂きました。私自身、ゲームを作って、プレーしているうちに、ゲームの舞台が実在しているとしか思えない不思議な感覚にとらわれました。