自衛隊機が金大中の乗った船を発見できたのは謎のまま……

 事件後、金大中本人の証言でわかったことですが、金大中はホテルから連れ出された後、車に押し込められて移動する際に、周りの人間が「アンの家に行け」と言ったのを聞いています。おそらく「安」という韓国人の名字から取った、韓国人工作員のセーフハウスだったのでしょう。セーフハウスとは、文字通り「安全な家」。諜報機関の関係者が極秘に管理する家のことです。韓国のKCIAが日本国内に設置していた住宅のようです。

 そこからさらに船に乗せられ、足に重りをつけられて海に投げ込まれそうになったところを、低空飛行で接近してきた自衛隊機に警告を受け、犯人らが投下を思いとどまり、何とか命が助かったという経緯だったようです。最終的にはソウルに連れ戻され、金大中の自宅前で解放されました。

 なぜ自衛隊機が金大中の乗った船を発見できたのかなど、この事件も謎は尽きません。アメリカのCIA(中央情報局)が、韓国のKCIAの工作だと察知して、自衛隊に頼んで海への投下を止めさせたのではないかという仮説もありますが、自衛隊は、事実関係を否定しています。

 なぜ大使館員の金東雲が金大中の拉致にかかわったのか。結果的には事件は、KCIAの部長が、朴正煕大統領から評価されたくて独断でやったことであり、大使館員に勝手に指示を出したために起きた事件だった、と発表されました。

 金大中拉致には無関係だとされた朴正煕大統領は、軍事独裁政権として、KCIAを使った情報工作活動にも力を入れていましたが、1979年に自身がKCIAの金載圭(キムジュギュ)部長に射殺されるという最期を迎えています。金部長は、どうやらクーデターを画策してのことだったようですが、試みは失敗に終わり、「クーデターを抑える」という名目で別のクーデターを起こした陸軍将校の全斗煥(チョンドファン)が政権を取ることになります。

 その後、「国家情報院」と名前を変えたKCIAですが、2020年には文在寅(ムンジェイン)政権の下でさらに権限が縮小され、北朝鮮のスパイに対する韓国国内での捜査や情報収集が警察に移管されることになりました。親北朝鮮の文在寅大統領が、スパイの取り締まりという北朝鮮が嫌がる任務の国家機関の機能を削減させた疑惑がある組織変更でした。国家情報院は将来的に、海外情報やサイバー対策などを行うのみとなります。