格段に高まりつつあるインテリジェンスの必要性

池上彰が解説「日本のスパイ能力」の実態、米英の機密情報共有の輪に加われるか『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)
池上 彰 著

 現在、日本には内閣情報調査室や2014年にできた国家安全保障局(NSS、日本版NSA)があり、警察や外務省、防衛省から上がってきた情報を精査・管理したうえで首相に報告するシステムが存在しています。

 さらに安全保障の分野では、日本は近年、日米同盟の緊密化はもちろん、中国の台頭を念頭に置いたアジア太平洋地域の安定を強化するため、日米豪印4カ国での連携を図る「QUAD(クアッド)」などの枠組みを強化してきました。ここでも当然、互いに持っている情報の一部を共有していますし、さらには中国だけでなく北朝鮮の核やミサイル対処の必要性から、アメリカの同盟国である韓国と、日本の連携も図るべきだと言われるようになっています。

 日本は衛星による監視や在外公館での情報収集などは行っていますが、いわゆる対外諜報活動、つまり外国で情報機関の人間が身分を偽って行う情報活動や、非合法活動、現地の人間をエージェントに勧誘して情報を得るようなインテリジェンス活動は行っていない、とされています。

 しかしインテリジェンスの必要性は、外交や安全保障に限らず格段に高まりつつあります。特に多くの人にとって重要なのが、2022年5月に推進法が成立した「経済安全保障」でしょう。米中対立が高まる中、日本が持っている高度な技術や先端研究の情報が中国に流れ、産業や軍需品の開発で使われないように、さらには中国の科学技術力の蓄積に使われてしまわないように、経済面からの安全を守るための枠組みが構築されています。

 これまでも自衛官など公務員がロシアのスパイに情報を渡してしまったとか、民間でも企業秘密を産業スパイに渡してしまった、あるいは輸出管理令に反する輸出を行い、外為法違反で罰せられたという事例はありました。しかしこれからは、サイバー攻撃による情報窃取や、中国の事例のように留学生や研究者が研究成果を中国に持ち帰り、軍事転用することも考慮し、対処しなければなりません。つまり、盗まれる前に未然に防がなければならないのです。

 インテリジェンスの観点から言えば、防諜がさらに必要になるということ。それも、情報機関だけでなく、先端研究を行う大学などの研究機関や、企業にも求められる時代に突入したのです。

 ここまで、世界史を変えたスパイの活動を概観してきました。

 これまでの世界は、一部のプロのスパイが活躍してきましたが、今後は、スパイとは縁のなかった私たちにもインテリジェンスについての関心や能力が必要とされるようになるのです。