最新の世界富豪ランキングでは、イーロン・マスクがテスラ株の下落で首位を陥落し、ルイ・ヴィトンなどのブランド帝国を築き上げたLVMH会長兼CEOのベルナール・アルノーが2110億ドル(約27兆円)でトップに立った。それでも個人資産10兆円を超える大富豪の顔ぶれを見れば、マスクをはじめ、ジェフ・ベゾス(Amazon)、ラリー・エリソン(Oracle)、ビル・ゲイツ(Microsoft)、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン(Google)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook)など常連の顔ぶれは変わらない。彼らに共通するのは、極めて高い論理的・数学的知能を活かしてハイテク系ベンチャーを創業し、大きな成功を収めたことだ。

 しかしその一方で、シリコンバレーに集まる天才たちには、ある種の共通するパーソナリティがあるのではないかといわれている。それが「自閉症傾向」だ。

 イギリスの心理学者サイモン・バロン=コーエンは、『ザ・パターン・シーカー 自閉症がいかに人類の発明を促したか』(篠田里佐訳、化学同人)で、誰もがなんとなく感じているこの謎に挑んだ。原題の“The Pattern Seekers”とは、文字どおり「パターンを追求する者」のことだ。

シリコンバレーに集まる天才たちに共通する「自閉症傾向」。成功の影にあるトレードオフとは?イラスト:lightsource / PIXTA(ピクスタ)

 バロン=コーエンは発達心理学者として長年、ASD(自閉症スペクトラム障害。以下、「自閉症」)に取り組んでおり、これまで『自閉症とマインド・ブラインドネス』(長野敬他訳、青土社)や『共感する女脳、システム化する男脳』(三宅真砂子訳、NHK出版)などが翻訳されている。本書はバロン=コーエンにとって、これまでの研究の集大成ともいえるだろう。

男は論理・数学的知能に、女は言語的知能に特化するように進化した

 バロン=コーエンの主張を要約するなら、「脳には“システム化”と“共感”の大きく2つのタイプがあり、前者は男に、後者は女に多い」になる。脳に生物学的な性差があるというこの主張は、「“男”や“女”は社会的に構築されたジェンダーで、(生殖器を除けば)いっさいちがいはない(あってはならない)」と考える一部のフェミニストからずっと批判されてきた。システム化が「理性」、共感が「感情」のことだとして、「男は理知的、女は感情的」というジェンダー・ステレオタイプを生物学的に正当化しているというのだ。

 だがバロン=コーエンは、「今やヒト脳の構造には、平均的にいくつかの重要な性差があることは大規模な脳スキャンで得られたデータで裏付けられ、疑問の余地はない」と断言する。その例としてニューロン数の性差(女の平均193億個に対し、男は平均228億個)が挙げられているが、もっとも大きな性差が「男性ホルモン」のテストステロンと「女性ホルモン」のエストロゲン(およびプロゲステロン)の濃度であることは間違いない。

 脳の発達が顕著な胎内発育期に、男の胎児は女の胎児の少なくとも2倍の量のテストステロンを産生し、これが生殖器をつくるだけでなく、脳を「男性化」させる。バロン=コーエンは、子宮内テストステロン濃度が高いほど、4歳児におけるSQスコアが高く、一方でEQスコアが低いことを報告している。

 EQ(Emotional Intelligence Quotient)は「心の知能指数(共感指数)」として知られる、他者の感情を素早く察知し、適切な対応をとる能力のことだ。それに対してSQ (Systematic Intelligence Quotient)はバロン=コーエンが開発した「システム化指数」で、これが高いほど、複雑な環境のなかから素早くパターンを検出できる。子宮内テストステロン濃度が高いほど、生後、より多くの自閉症形質が発現することと、自閉症の子どもの胎内環境を遡って調べると(デンマークのバイオバンクにはこうした資料が保存されている)、一般的な子どもよりも出生前テストステロンの平均値が高いことが確認されている。

 このように、SQ(システム化脳)とEQ(共感脳)はトレードオフの関係にあるが、これはどちらが優れていて、どちらが劣っているということではない。

 論理・数学的知能と言語的知能は、いずれも知識社会を生きていくのに重要だ。だが脳のリソースは限られており、どうやら両者を高いレベルで保有することはできないらしい。そこで、男は(平均として)論理・数学的知能に、女は(平均として)言語的知能に特化するように進化したというのが、バロン=コーエンの主張になる。