経営に食い込んで、デザインを実装させる

――経営者とデザイナーの対話によって表現を進化させていく。非常に興味深いプロセスです。

「未来を描く力」って、「対話の力」でもあると思うんです。経営者や技術者を味方にするには、「一緒にこんな未来を創りたい」というビジョンが必要だし、それを相手の琴線に触れる言葉で語らないといけません。すると、こちらの視野も開かれていく。私自身、馬立と対話を重ねるうちに見えるものが変わってきました。あらゆる仕事を、全社的な課題の中に位置付けられるようになったというか。

A4一枚から始まった、社長とデザイナーのブランド変革Nobuo Hashimoto
ニコン フェロー デザインセンター長
武蔵野美術大学卒業後、1988年にニコン入社。カメラ設計部デザイン課(当時)に配属され、カメラ、顕微鏡、双眼鏡などのデザインを担当。2019年7月にデザインセンター長に就任した。
Photo by YUMIKO ASAKURA

――そのために、橋本さんも経営についてかなり学ばれたのではないでしょうか。

 やっぱり経営の理解は必要だし、学ぶ努力はしています。経営幹部研修クラスにアサインされたときは死ぬ思いをしましたけど……。分厚い本がどんどん送られてきて、感想文を出せと言われたり、研修でややこしい経営指標を計算させられたり。一緒に参加した経理系の部長をチラチラ見ながら切り抜けました(笑)。

 ブランド関連の議論をしているときも、馬立に「次は経営会議で提案してみろ」とか言われて、やってみると、本当にいろんな人からいろんな反応があって議論がものすごく沸騰して……。それを馬立はニヤニヤ見ているという。

――ものすごく貴重な体験ですね。

 私もそう思いますが、これを私だけの体験で終わらせず、共有していくのがこれからの課題です。今もデザインセンター内のミーティングで、無意識に経営の話で熱くなっちゃうことがあって、ふと気付くと、みんなシーンとなっている(笑)。もっと上手に翻訳しなきゃいけないし、他のメンバーが経営層と対話する機会もつくらないといけません。

 お金をテーマにした勉強会をやってみたり、デザインセンターが独立したと仮定して、自分の仕事に値段を付けたらどうなる?と問い掛けてみたり……と、学びの機会は増やしています。視座が自然に開かれていく組織づくりを、これからも工夫したいと思っています。

――デザイン経営の実践のためには、経営層にCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を置くことが重要だとよくいわれます。橋本さんと馬立社長との対話プロセスは、技術中心の会社がCDOをつくる一種のモデルケースになるのではないでしょうか。

 そうかもしれませんが、単純に方法論に還元できるものでもないとも思っています。やはり、目の前の状況と対峙して、実際に身を置きながらでないと分からないことが多いと思うんです。私も最初は「デザインを分かってもらおう」という、やや上から目線の気持ちがありましたが、今は、自分から少しでも経営に食い込んで実装していきたい。「デザインがどれだけ会社の変化に貢献できるか」ということにシンプルに興味があるし、そこに肉薄していくことに、大きな醍醐味を感じています。