「この人と一緒に仕事したい」
「この上司についていきたい」
「この人に仕事をお願いしたい」
そう思われる人は、いったい「何」が違うのでしょうか?
仕事ができて優秀でも、「人から好かれる人」と「人が離れていく人」がいます。同じような成果を上げていても、「順調にキャリアアップできる人」と「行き詰まる人」がいます。その違いはズバリ「気づかいの差」だと気づかせてくれるのが、元リクルートCS推進室教育チームリーダー・川原礼子さんの著書『気づかいの壁』です。
よく気がつくのに「迷惑だったらどうしよう」「おせっかいかもしれない」と、気づかないフリをしてしまう繊細な人や内向的な人でも、無理せず「気が利く信用される人」に変われます。そう話す川原さんに、「気づかいができず信用を得られない人にありがちな失敗」について聞きました。(取材・構成/樺山美夏、撮影/疋田千里)
「地味にイラッとする言葉」で
成果を出せない人たち
── 気が利かなくて仕事ができない人や、気づかないフリをして損している人の話など、『気づかいの壁』に出てくる事例は、「それ、あるある!」と思うことばかりでした。川原さんが主に研修をされている接客や営業職の方にそんな人が多いのは意外でした。
川原礼子(以下、川原):営業の方々向けの研修の場合、セールストークも事業戦略もしっかり固めている会社がほとんどですが、「それでも売れない人たちをなんとかしてほしい」というご相談が多いです。
そうなると最後は、「コミュニケーションの問題」になるんですね。この本にも書いたように、営業研修の一環で電話対応の実音声をモニタリングすることがあるのですが、売れない人は地味に相手を不快にさせているケースが目立ちます。特に内向的な人は、謙虚さゆえの気づかいや自信のなさから、「一応」「とりあえず」「ひとまず」といった地味にイラッとする「やっつけ言葉」を口にしてしまいがちです。
── その言葉、内向的ではない私もたまに言っている気がします……。
川原:やっつけ言葉は、相手に対して1回くらい言っても別に気になりません。でも、「一応、確認します」「とりあえず、送ります」「ひとまず、連絡しておきます」など言い訳がましい言葉を何度も繰り返されると、ジワジワと不快になってくるんですね。その場しのぎのような「やっつけ言葉」は、相手に対して「心の壁」をつくってしまうのです。
── 言われてみれば確かに、「やっつけ言葉」が口癖の人は「なんとなく信用できないかも?」と思ってしまいますね。
川原:「やっつけ言葉」ではありませんが、私自身もリクルートで働いていた頃、無意識に使っていた「締切」という言葉を目上の人に対して使うなと上司から注意されたことがありました。自分より立場が上の人を「切る」って確かに失礼ですよね。それからは、締切ではなく「○月○日にお願いいたします」と期日を伝えるようにしています。
建設業界の人にこの話をしたら、「うちの業界は“切る”っていうくらい“強い言葉”を使わないと効果がない」って言われましたけど(笑)。業界によっては使い分けが必要な言葉もありますが、こういう言葉を不快に思う人がいることを知っていれば安易に使わなくなります。
── 売れない営業担当者のコミュニケーションで、他によくある失敗はありますか?
川原:お客様の話を聞いておらず、反応を無視している人は多いですね。たとえば、営業担当者が一方的に商品の説明をしていて、お客様が「……」と無言になっていても、次から次に説明を続ける、といったケースです。こういう場合はやはり成約にはいたりませんが、「相手はあなたの話がつまらなくて途中から聞いていなかったですよね?」と言っても、そのことに気がついてすらいないんですね。
どんなに優秀でも、
「鈍感な人」はいつか行き詰まる
── そこまでお客様の様子に鈍感だと厳しいですね。
川原:ある旅行会社の営業担当者は、お客様が「うちの母が……」と3回もお母様のことを口にしているのに、そのことをスルーしていました。マニュアル通りの一般的なツアーの案内しかしなかったため、その後、成約もスルーされてしまいましたね。
この場合、「お母様とご一緒の大切なご旅行なんですね」と相手の言葉をしっかり受け止めていれば、相手も「この人は私の話を聞いてくれているんだ」と、安心して相談できたはずです。そのように相手の話を聞き、相手の反応に合わせて誠意ある対応をすれば、成約につながる可能性が高いですよ、とフィードバックをするのが私の仕事なんですね。
── そういう仕事の基本を上司や先輩から学ぶ機会はないんでしょうか。
川原:仕事のノウハウについては、どんな企業でも指導を受けます。でも、お客様の気持ちや考えに配慮する「コミュニケーションの基本」については、誰にも教わらないままの人が結構いるんですよね。そして、誰からも何も言われないまま30歳になり、40歳も過ぎると徐々に人が離れていきます。
── 怖いですね。
川原:そうですよね。人の気持ちに鈍感な人は、どんなに優秀でも必ずどこかで行き詰まります。そして、年齢が上がっていくとなかなか人は変われません。私が、「お客様がこんなことを言っていましたけど対応しないんですか?」と聞いて、やるべきことをアドバイスしても、「最初は何を言われているかわかりませんでした」という方が少なくないんですね。
そういう方がいる会社には、特徴があります。それは、「挨拶の文化」がないんです。本にも書いたように、会社の入り口や受付前をウロウロしている訪問者がいるとき、通りかかった社員が「必ず声をかける会社」と「誰も気づかない会社」があります。
挨拶の文化がある会社はもちろん前者で、会社全体にいい空気が流れています。人間関係も業績も上手くいっているところがほとんどです。
後者の場合、気づいても気づかないフリをする人が多いんですね。何もしなければ気づかない鈍感な人と同じですが、会社全体にそういう好ましくない文化が根づいてしまっています。
── そういう会社の営業の方は、本にもあった「逃げ場のないメール」を送り付けて顧客を不快にさせている可能性もありそうです。
川原:営業の世界では「アタックメール」と呼ばれるものがありまして、どれだけ送ってどれだけ反響があるか分析している会社があるんですね。その反響が少ない会社から相談を受けてメールを見せてもらうと、熱がこもり過ぎて断るのに一苦労するような逃げ場のない文面が多いです。
── 私も依頼メールを送ることがよくあるので、あえて断りやすい余白を入れると逆に気遣ってもらえるんだな、と本書を読んで今さらながら気づきました。
川原:「断れる余白」があるメールは受け取ったほうも気持ちが楽になりますし、断る返事を出すときも逆に「申し訳ないな」と思えるくらいの余裕を持てます。すると次回また依頼があったときに、「前回は断ったから今回は引き受けよう」と思えるんですね。心の負担が重くないからこそ、そういう前向きな気持ちになれます。
ただし次につながるのは、依頼した理由を相手が納得できるように明確にしているケースに限ります。「○○様以外に適任者はいないと関係者全員の思いが一致しました。」などと漠然としたことを書かれても、なぜ自分が選ばれたのか理由がわかりませんから。
「自分がされて嬉しいこと」で差がつく
── つまり、どれだけ相手の気持ちを考えられるかが大事なんですね。
川原:マニュアル通りにできる人はたくさんいますが、マニュアルってただの手段ですからね。だから、マニュアルが目的化している人には「あなたがそれをやる目的は何ですか?」と問いかけます。すると、「そんなこと、誰からも教わっていませんでした……」と言う人がいるんです。
そうやって、「その会社のサービスや商品は誰のために、何のためにあるのか?」という目的の共有から指導することもあります。「なぜ、社外の川原さんに私たちの目的を教わっているんでしょうね」と言われることもありますけれど(笑)。
── 本書にも、“仕事の目的は「見えるように」伝えたほうがいい”とありました。仕事の目的は社内教育で教えるべきだと思いますが、それ自体ができていない会社もあるんですね。
川原:大手や長い歴史のある企業は、比較的教育への意識が高いように思います。上司から部下へと伝承されていく文化も根づいていますね。私が働いていたリクルートもまさにそういう会社でした。でも、人材育成にかける時間や予算の余裕がない会社は、どうすればいいか教え方もわからず困っているところも多いです。
「お客様のためにどんな気づかいをすればいいのか?」という視点が抜け落ちて、数字だけ追いかけている会社は、そこで働く人も同じように数字のことだけ考える思考に陥りやすいです。そうすると、誰からも気づかいの大切さを教わらないまま、損得勘定だけで仕事を続けて年を重ねていってしまいます。
逆に成果が出ている人は、「自分がされて嬉しいこと」を基準に仕事しています。見返りを求めないギバーの精神があるんですね。ですから、20、30代のできるだけ早いうちにこの本を読んで、仕事や人間関係のネックとなる「気づかいの壁」を乗り越えてもらえると嬉しいです。
川原礼子(かわはら・れいこ)
株式会社シーストーリーズ 代表取締役
元・株式会社リクルートCS推進室教育チームリーダー
高校卒業後、カリフォルニア州College of Marinに留学。その後、米国で永住権を取得し、カリフォルニア州バークレー・コンコードで寿司店の女将を8年経験。
2005年、株式会社リクルート入社。CS推進室でクレーム対応を中心に電話・メール対応、責任者対応を経験後、教育チームリーダーを歴任。年間100回を超える社員研修および取引先向けの研修・セミナー登壇を経験後独立。株式会社シーストーリーズ(C-Stories)を設立し、クチコミとご紹介だけで情報サービス会社・旅行会社などと年間契約を結ぶほか、食品会社・教育サービス会社・IT企業・旅館など、多業種にわたるリピーター企業を中心に“関係性構築”を目的とした顧客コミュニケーション指導およびリーダー・社内トレーナーの育成に従事。コンサルタント・講師として活動中。『気づかいの壁』(ダイヤモンド社)が初の著書となる。