大日本印刷が3000億円もの「自社株買い」を決めた理由、解決したい“財務上の問題”とは写真はイメージです Photo:123RF

今回は、今年で147周年を迎える老舗企業「大日本印刷」を取り上げる。祖業の「印刷」のみならず多業種を手掛ける同社だが、26年3月期までに3000億円もの大規模な自社株買いを行うことを発表し話題を呼んだ。なぜ、自社株買いに踏み切るのか。その理由は決算書に隠れた「財務上の課題」にある。(中京大学国際学部・同大学院経営学研究科教授 矢部謙介)

大日本印刷が3000億円もの
大規模な自社株買いを発表

 今回は、大日本印刷の決算書を取り上げて見ていこう。

 大日本印刷は1876年創業の老舗企業だ。社名の通り祖業は印刷業だが、現在手がけている事業領域は多岐にわたる。

 主要事業は、書籍の製造や販売を行う情報コミュニケーション事業、食品・飲料・医薬品などの包装用資材の製造・販売を行う生活・産業事業、有機ELディスプレイ用のメタルマスクと呼ばれる部材などを手掛けるエレクトロニクス事業、東証スタンダード市場上場の連結子会社である北海道コカ・コーラボトリングを中心とした飲料事業だ。多業種にまたがって経営を行うコングロマリット企業である。

 この大日本印刷が最近注目を浴びるきっかけとなったのは、2023年2月9日に発表した「DNPグループの経営の基本方針」というニュースリリースである。この中で、大日本印刷は「ROE10%を目標に掲げ、PBR1.0倍超の早期実現」を目指すという方針を打ち出したのだ。

 ROEとは、自己資本利益率と呼ばれる資本収益性の指標で、当期純利益を純資産で割ることで計算できる。ROEからは、株主に帰属する資本である純資産に対して株主に帰属する利益をどれだけ生み出したのかを見ることができる。

 PBRは株価純資産倍率と呼ばれ、株式時価総額を純資産で割る(または株価を1株当たり純資産で割る)ことで計算される。貸借対照表(B/S)上の株主に帰属する資本である純資産に対して、市場における株式の時価である株式時価総額がその何倍に当たるかを見る指標だ。つまり、「現在の株価がB/S上の1株当たり純資産に対して高いのか安いのか」が分かる。もしPBRが1倍未満ならば、現在の株価は1株当たり純資産よりも安いということになる。

 これらは、いずれも株主や株式市場を意識した指標だといえる。

 また、基本方針を公表した後の23年3月9日に発表した新中期経営計画において、大日本印刷は26年3月期までに3000億円の自社株買いを計画していること、そして28年3月期までに政策保有株式を純資産の10%未満に削減することなどを発表した。

 加えてその第一弾として、23年3月10日から24年3月8日までの間に1000億円、4000万株を上限とする自社株買いを行うことを公表している。この4000万株におよぶ自社株買いは発行済株式総数の約15%に相当する大規模なもので、大日本印刷としては過去最大である。これも、株主に対する還元を意識した財務政策だ。

 しかしながら、そもそも大日本印刷は、経営トップが株主の前に姿を表すのは年に1回の株主総会のときだけで、決算説明会を初めて開いたのは19年と日経平均構成企業の中でも最も遅かったとされる(23年2月27日付日本経済新聞朝刊)。

 このように、典型的な「日本の大企業」と見られてきた大日本印刷が中期経営計画の中でROEとPBRを経営目標として掲げた理由とは何だったのか。また、大規模な自社株買いの背景にはどのような事情があったのか。大日本印刷の決算書のデータをひも解きながら、その理由について解説していこう。