経営やチームマネジメントにおいて最も大切なものは「言葉」である。そう言われて、ピンとくる人の方が少ないかもしれません。しかし、事実です。経営計画や戦略やマーケティングよりも前に、すべての判断基準としての「理念」を言語化することで組織の力は最大化され、成果に直結します。理念の策定・浸透・実践を通して7年で100以上の組織経営を改善してきた生岡直人氏が、その全ノウハウを伝える新刊『こうやって、言葉が組織を変えていく。』の中から、あるプロスポーツチームが「言葉」で変革した事例を紹介します。(構成&撮影/編集部・今野良介)

こうやって、言葉が組織を変えていく。組織の爆進は言葉から始まる。

当時、プロバスケットボールB2リーグ西地区に属していた広島ドラゴンフライズは、チームの成績とともに企業としての業績も低迷していた。

知人の紹介で、元プロバスケットボール選手だった株式会社広島ドラゴンフライズの浦伸嘉(うら・のぶよし)社長と出会ったのは2017年。バスケットボールに賭ける思い、広島に対する思いに圧倒されつつ、その話に惹き込まれた。

浦社長と3時間ぐらい話をするなかで、チームの状況や業績の概況を聞きながら、話題は自然にその再建プランへと移った。

浦社長には「理念をしっかり言葉にして、社内、そしてチームに伝えていきたい」という思いがあった。業績を改善するためには、社員一人ひとりが「何のために仕事をするのか?」を理解し、力を結集する必要があるという考えからだった。

しかし、それがなかなか賛同を得られない。

チームの運営会社には、社長に加えてオーナーもいる。

「理念などより、利益を上げるほうが大事だろう」

それが当時のオーナーの言い分だった。

熱く話を続ける浦社長に呼応して私は、浦社長の思いを理念として表現する言葉を示した。その言葉に浦社長も言葉を足し、2人の言葉を重ね合わせるようにして完成したのが、この一文だ。

こうやって、言葉が組織を変えていく。

原爆によって破壊された広島は、市民の力によって世界が驚く速さで復興を遂げた。その広島からドラゴンフライズは、バスケットボールを通じて観る人の心を動かし、それぞれが世界をより良い場所に変えることを後押しする。それを、企業の、チームの理念として世の中に発信していく。

最後に「What about you?」と、メッセージを受け取った人々に問いかける言葉を、あえて入れた。その後、これがそのままドラゴンフライズのビジョンとして正式に掲げられることになった。

ビジョンが決まり、関係者や広島県のみなさんにどうやって伝えていくのかを練っていこう、という話になった。とはいえ、オーナーという関門がある。ビジョンは決めたものの、すぐに認められる可能性は薄い。私がコンサルティング契約を結ぶことも難しいだろうと思っていた。

それから数日、浦社長や事情を知る友人と相談を重ねている中で、一つのアイデアが湧き上がった。私が資金を投じて、スポンサーになればいい。ただし、スポンサーになってお金を入れるだけではまったく面白くない。そこで私はこう提案した。

「私が、その思いそのものを社名にした会社をつくり、その会社でスポンサーをさせていただく、というのはどうでしょう?」

投資までして会社とチームに関わろうという私の覚悟をオーナーも認めてくれて、コンサルティング契約を結ぶことになった。ギャンブルのように感じられるかもしれないが、私なりの計算があった。端的に言えば、広島ドラゴンフライズというチームに可能性を感じたのだ。

浦社長の思いに加え、本気で強くなろうとする意志のある選手たちがいたことも決断の理由の一つだった。ビジネス面でも、西日本経済圏を考えれば広島にお金が集まってくることは確信できた。

さらに、バスケットボールにスポンサリングの価値を感じた。

バスケットボールの競技人口は世界トップクラスであり、女子が競技するチームスポーツの中では人口規模が世界最大だ。加えてアリーナビジネスで会場が狭く、野球やサッカーとは違った広告効果が期待でき、中小企業でも無理なくスポンサードできる。

さっそく私は「HIROSHIMA never gives up.Basketball never stops trying to change the world.What about you 株式会社」を設立し、その年のドラゴンフライズのユニフォームの右ひざに文言をプリントした。

こうやって、言葉が組織を変えていく。

上下逆さまにしてプリントした。プレイヤーが試合中に苦しいときやあきらめそうになって膝に手をついたときに、それを見て気持ちを奮い立たせてほしかったからだ。

一方、クラブの社員たちには全員参加のミーティングを重ね、「バリュー策定」に取り組んでもらった。バリュー策定とは「仕事で大切にしている思いや行動」を言葉にしてまとめていくことだ。社員は例外なく広島が好きで、ドラゴンフライズ愛が強い。そんな思いが高じて、ああでもないこうでもない、という話し合いは4ヵ月にも及んだ。それだけに完成したときの感激は大きかった。「私たちはこういう思いで、このクラブの運営をしていきたい」と一体感が生まれた。

そのバリューを「クレドカード」に記し、社員に携帯してもらった。さらに浸透させていくためのバリューディスカッションを実施し、クレドと紐づいた営業のトークスクリプトをつくるなど、共同作業を続けた。

このようなプロセスを経て、新しいシーズンが始まると、最初の試合の前に場内アナウンスでスポンサー企業の名前が読み上げられた。

「HIROSHIMA never gives up.Basketball never stops trying to change the world. What about you 株式会社様」

これを聞いて客席がザワついたことを今でも覚えている。やたらと長い妙な名前の会社だなと、誰だって思うだろう。このアナウンスが試合ごとに繰り返され、興味を持った他のスポンサー企業の方から声をかけられるようになり、少しずつ知名度が上がった。この会社の名前が知られるようになるということは、すなわち組織のビジョンが伝わることなのだ。

そして、そのクレドカードは最強の「営業ツール」になった。スポンサー営業の際、クレドカードを通してビジョンやバリューを伝えることが、そのままチームの魅力と社員の思いを伝えることになったからだ。自分たち全員で作成したクレドカードであるだけに、表面的な言葉ではなく、営業部員一人ひとりが自然と自分たちの思いが乗った情熱的な話をすることができたのだ。

チームも変わった。社員だけでなく選手もまた「GRID FOR THE MOMENT」というチーム・フィロソフィを共有して試合に臨んだ。「その瞬間を粘り強く戦う」という意味だが、チームの大黒柱である朝山正悟は、インタビューを受けるたびに「GRID」「粘り強く」という言葉を口にした。それによって、理念が選手の間にも浸透していった。

さて、このように理念が浸透し、実践されたことによって、どうなったか。

結果的に、このシーズンを通して、それまでスポンサーになることに難色を示していた地元の有名企業が支援を決めるなど、輪は広がった。チームの成績も上がったことから売上は昨年比1.5倍になり、この年、早くも黒字化を達成した。

理念は、成果に直結する。

それを結果で示したことで、オーナーや他の役員も前向きな姿勢に変わり、理念経営を進めていけるチームになった。

その後、2020年にB1リーグに昇格したドラゴンフライズは、上位争いを演じるまでに成長している。(本文終わり)