ロジックでは捉え切れない「困りごと」を掘り起こす
──デザインの力を知的財産として競争優位につなげていく、ということでしょうか。
髙野 そうですね。そもそもデザイナーは形になっていない困りごとを、整理して可視化するのが得意です。加えて、ここ数年でリサーチの専門家を補強し、「より深く潜在している課題」を発見する力を磨いてきました。この「課題発見力」は、パーパス実現のために必要不可欠だと考えています。
横河電機ではこれまで、コアコンピタンスである「測る力」と「つなぐ力」を生かし、多様な産業のプラントの自動化を通じてお客さまの生産性向上を支援してきました。しかし、化学やバイオの世界には、「発酵」のような計算し切れないプロセスがあり、ロジックでは割り切れない職人技のような部分も残っています。すると、実は最大のボトルネックが「組織の壁」のような泥くさい部分だった、ということも少なくありません。
横河電機 マーケティング本部 知的財産・デザインセンター エクスペリエンスデザイン部 部長
1996年、千葉大学大学院 修了。顧客課題の本質を探索するB2B特有のデザインポリシーに則り、プラントの計器室デザイン、YOKOGAWAの専門性の高い計測機器、信頼性の高い制御システムのデザインに従事。現在は、YOKOGAWAグループにおける「経営に資するデザイン」を目指し、さまざまな異なるスキルを持つデザイン人財と共に、企画構想から実装に至る一連のプロセスで、社内外と共創するデザインを実践中。
Photo by AMAMI MAKURA
田中 制御室の設計でも、単に装置を詰め込むのではなく、オペレーターが席に着くとき、必ず隣の部署を通るように動線を作るとか、ミーティングスペースをオープンにして声が聞こえるようにするなど、コミュニケーションが発生しやすい空間デザインにするだけで生産性が上がることもありますね。
髙野 働く環境が整っていないと人材も集まりにくく、企業のパフォーマンスが下がり、ひいては産業全体の弱体化や国力低下につながります。プラントを更新するチャンスは20年に1度ぐらいしかないので、ここで解決できないのは大きな損失です。潜在している「本当の困りごと」をきっちり掘り起こすことが大事なのです。
──各事業部門とは具体的にどのように連携しているのでしょうか。
髙野 例えば、事業部門がお客さまから「プラントを更新したい」という相談を受けたら、そのまま制御機器やシステムの商談に進むのが普通だと思いますが、われわれデザイナーが同行すると、「これから20年、どんな働き方をしたいですか」というヒアリングから始めます。経営層まで巻き込んでワークショップをやることもあります。こうして課題の解像度を上げることで、当初の想定より質の高いソリューションを提供できますし、ビジネスのスケールも大きくなります。
田中 知財とデザインが融合した特徴的な動きとしては、M&A後の統合プロセスへの参画が増えています。PMI(Post Merger Integration)のフェーズで、買収企業の専門技術や知財からシナジーを生み出すための課題発見や戦略作りに関わるのです。
髙野 「YOKOGAWAブランド」の価値向上にも取り組んでいます。各製品群のカラーコーディネーションやUIを統一するために、図表やボタンなどのデザインパーツのデータをプールし、開発者がダウンロードして組み込むだけで、見た目も挙動も統一感のある表現ができる仕組み作りを進めているのです。プラント制御画面で、オペレーターが異常に気付くのが遅れたりすると大変なので、人間工学の知見を生かしたUI設計のガイドラインを整備したり、コンサルタントの育成を支援したりしています。