「気持ちのベクトル」がズレるとどうなるのか

 先ほどの「自分が一番おもしろい」「あいつには絶対に負けたくない」「同期で一番になりたい」というマインドはすべて、気持ちの矢印が同期や芸人仲間に向いていて、お客さんに向いていないことにお気づきでしょうか。

 お笑い芸人の仕事はお客さんに笑ってもらうことです。どんな時代になってもそれだけは変わりません。芸人仲間での評価がどんなに高くてもお客さんからの評価を得ることができなければ食べてはいけません。

 そのことを理解しないままでいると、舞台裏や授業中に変に目立とうとして発言をしてしまったり、空気を壊すようなネタをして、「アピールしてやったぞ!」と勘違いをしてしまいます。大事なのは仮に自分がスベったり、目立てなかったとしてもお客さんが喜べばOKだと割り切れるかどうかなのです。

 お笑い界隈では、よしもとは団体芸に強いと言われます。別に団体芸を教えたことは一度もありませんが、結果としてそういった評価になるのは全員が「お客さんが笑うこと」にこだわっているからだと思っています。お客さんが笑ってくれるなら個人芸でも団体芸でもいい。相手に合わせて自分たちの芸を披露することの重要性を芸人全員が理解しているからこそです。

 話が長くなってしまいましたが、つまり、NSCに入所したての若手は「自分の芸で負けたくない」という自分が中心のマインドなのに対し、売れていく芸人は「お客さんが笑えばOK、自分の芸はお客さんに合わせる」というマインドなのです。

 冒頭にも言いましたが、これはビジネスの世界でも同じかもしれません。「自分がどうにかするんだ!」とやる気のある人ほど、空回りして空気を壊してしまうことは残念ながらあると思います。ですが、「自分がどうにかする」と思っている時点で、主語は自分で、そこにまわりの人やお客さんはいないのです。

 大事なのは他人を主語にして考えることです。「どうしたらお客さんは喜んでくれるのか」「どうしたら職場の人は働きやすいのか」に向き合ってはじめて空気は良くなり、自分もまわりも働きやすくなります。もちろんお客さんが喜ぶものが自分のやりたいことと合致してれば最高ですが、違ったときに自分がどう出られるかが勝負であることは、もはや言うまでもないでしょう。

 つまり、まわりの人のことを考えて行動ができれば、自然と空気を壊すこともなく、結果もついてくるのです。

 空気を壊してしまう人が悪いわけではありません。ほとんどの場合、やる気が空回りしているだけですから方向調整さえできれば大活躍できます。大事なのは相手のことを考えられるかどうかです。意識だけで変えていけることなので、ぜひ意識してみてください。