しかし、この考えには賛成しかねる。米国でも約3年前、物価目標未達の懸念が強まる中、同様の考えが取られたため、その後引き締めが遅れてしまったからだ。そのため急激な利上げを余儀なくされたが、それでもなお物価は高止まりし、過度の景気悪化懸念や金融不安も生じた。また、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長への国民信頼度は、01年の世論調査開始以来最低となった。
日本でも利上げのタイミングが遅れて出口戦略に急ぐことになると、官民の債務・資産の大きさだけでもコストが甚大だと分かる。他方で、早めの対応で2%目標未達となるコストは、日銀が思うほど大きくないだろう。値上げの広がり、需給ギャップや賃金・企業収益の動向、海外のインフレ高止まりといった要因から、デフレに戻る可能性は低い。視点を国民の生活に移せば、物価高への不満も依然として大きい。
植田総裁は物価安定の達成というミッションの総仕上げを行う5年間にしたいと述べたが、“総”仕上げには出口も必要だ。植田総裁は市場機能低下など現在の政策の副作用をしっかりと認識しているので、出口を意識しつつ早々に副作用対策に取り組んでほしい。
長く続いた異例の政策をうまくひもとくには時間がかかる。物価目標達成が見通せる現在、出口論は時期尚早と言ってはいられない。
(キヤノングローバル戦略研究所 特別顧問 須田美矢子)