日本と同じように、フランスはかつて「休めない国」だった――。そこからどのように、現在のバカンス王国に変容を遂げたのか?『休暇のマネジメント』を上梓した在仏20年以上の文筆家・高崎順子氏とジャーナリストで働き方改革実現会議の委員も務めた相模女子大学大学院特任教授・白河桃子氏の対談を通じて、「日本流バカンス」に必要なものを考察する。(相模女子大学大学院特任教授 白河桃子、文筆家 高崎順子、執筆/佐野倫子、構成/宝金奏恵)
休暇をまとまって取るために日本に欠けているもの
白河桃子氏(以下、白河) 日本では産休や育休取得率が上がるにつれて、職場にいるほかの方にしわ寄せが行ってしまうという問題が浮き彫りになっています。でもそういう声を上げられるようになったということですから、悪いことじゃない。少し前は、時短勤務でも生産性は変わりません! というスタンスの女性がよしとされましたが、やっぱり100できたものが急に子供の熱で休んだり時短勤務になったりしたら、残りは誰かがどうにかしなくちゃならない。そこを認めないと、生産性は変わらないで押し切るのは経営陣、マネジメントの怠慢といえます。
高崎順子氏(以下、高崎。高の文字は正式にはしごだか) 日本はこれまで、100頑張った「最善」を標準としてきて、できて当然という考え方でした。全員が表面張力ぎりぎりまで頑張った状態を、あるべきパフォーマンスレベルに設定しています。そこに余裕や余剰はない。だから誰かが休むと回らなくなってしまう。今それを変えていくときなのかなと思いますね。休暇は働く人の権利なので、マネジメントする側はそれも織り込み済みで設計しないといけませんね。
白河 余力を残すのは職場の責任なんです。まずはそこから意識改革しようと、私も働き方改革実現会議をはじめ、いろいろな場所で提言してきましたが、余力が残るともっと仕事を詰め込みたいのが日本なんですよね。
高崎 素晴らしい。それから、フランスではバカンスが引退後の予行演習、っていう考え方もあります。仕事を1カ月休んで、いかに人間らしく楽しめるかを積極的に体験しているんです。
白河 日本では、むしろ潜在的に引退したくないと思っている人も多いです(笑)。今や働き手として生涯現役という概念も出ていますし、そうしなくてはならないという強迫観念もある。また高度経済成長期やバブルの頃の成功体験から、ワーカホリック的な働き方を良しとする風潮も残っていますよね。そういうものすべてが、休暇をしっかり取って働こうという機運に逆行するのです。
高崎 フランスでは、ワーカホリックを指して「パッショネ」という言葉があります。「情熱にやられちゃった人」というニュアンス。受身形なところが面白いですね。情熱がある人、というよりも情熱にやられちゃった人、なんです。賞賛のニュアンスだけではない、特別なタイプであると。
白河 面白いですね。ワーカホリックな管理職っていうのは歓迎されるべきものではない時代ですね。確かに管理職は責任も重く、自分はもっと働きたいという人もいるでしょう。でも管理職が率先して休みを取れる状況であることも職場の余裕といえますね。休んでは下に示しがつかない、みたいな考えは良くない。
高崎 職場の目標設定を最高値にしないことも管理職の役目ですね。このラインを最低限として、そこからいかに積んでいくか、という考えに転換できれば、いろいろ見えてくると思います。