末席は、すでにショックを乗り越え、自信を持って応える。

「まさにそうですね。さらにいえば『天秤だ』ということも実際、そのとおり。天秤の関係を専門的には『葛藤』、あるいは『ジレンマ』と言ったりします。どちらかが増すと、どちらかが少なくなる」

 今回は出番が少ないな、と危惧をしていた嶋野がここぞとばかりに補足した。

「葛藤やジレンマは、数式で表すと、たとえばa=x+yあるいはa=xyのようになる。aは定数で、ある定量の数です。xとyは変数で(ヴァリアブル、ファクターとも)、ここでは 、x=リバティ、y=リベラル、と置いてみましょう。どちらの数式でも、xが増えればyが減り、xが減ればyが増えるのを確認してください」

 ケンジは、数式が出てきたことに面を食らっている。末席は嶋野の数学的暴走を目で制しながら、フォローを試みる。

「たとえば、世の中が『自由』と『平等』の天秤で成り立っているとして、それでは、どのくらいのバランスがいいのかを論じるときに、純粋なxと純粋なyがはっきりしていたほうが、分析しやすいですよね。『それぞれの要素がこれくらいで入っている塩梅です』というふうに説明もしやすい。このときの純粋なxやyを『理念型』や『モデル』と呼んだりもします」

 ケンジは、パッチリと目が開いた、というふうに清々しく答える。

「だからお2人は、極端な例を持ち出すんですね!」

 ケンジの素朴な質問への満額回答を確信した末席は、まんざらでもない表情で続ける。

「理念型xと理念型yを組み合わせて、より大きなモデル、たとえば葛藤のモデル(a=x+yなど)を作っていったりもします。このように、モデルを構築していくことで、フクザツな現実社会のなかで見えにくくなっている両者の関係性を、非常にスッキリと見えやすくしていくわけですね。また、こうすることによって、変数のバランスを自由に変えてみたり、そうするとどうなるかを想像してみる、という『思考実験』(頭の中での仮想実験)ができるようになります。たとえば、最近のものでわかりやすい例を挙げると、『白熱教室』で知られるマイケル・サンデルの正義論がいいかもしれませんね。彼の問う、『コミュニティの最大の利益の追求』(=x)か、『個人の尊厳の尊重』(=y)か、というのも典型的な葛藤モデルの議論*7なんですね」

*7 たとえば、5人で遭難した時に、4人が助かるために1人を犠牲にしてよいか(正当化され得るか)、という議論などが典型。