人間にしかできないこととは何か?
では、人間にしかできない領域として残されていることとは何か。それは、「新しい言葉をつくる」ことです。たとえば、酸素という物質が発見されてはじめて「酸素」という言葉ができました。それまでは、酸素という言葉は存在すらしていなかったんです。
なので、仮に当時コンピューターがあったとしても、「酸素濃度」というものをインプットすることはできなかった。言葉になっていないものは情報化・データ化されないので、AIにインプットしようがないわけです。
ですから、AIの時代でも確実に生き残れるのは、「言葉をつくれる人」です。こう言ってしまうと難しく聞こえるかもしれませんが、皆さんの身近な範囲でも実例はたくさんあります。
たとえば、焼肉屋です。ザブトンやカタシンといった部位は、かつて「ロース」とひとくくりにされていました。しかし、ロースを細かく区別して別の名前をつけることで、客の嗜好によりきめ細かく対応したメニューを生み出せたんです。こう考えると、焼肉屋も、れっきとした「新しい言葉」のクリエイターです。
ぜひ、みなさんが担当している仕事の範囲内でも、何か新しい言葉をつくれないかを考えてみてください。
「新しい言葉」が大成功を生んだ実例
『マネーボール』という映画のストーリーも、「言葉をつくること」による成功の典型例です。この映画は、オークランド・アスレチックスというMLBの弱小チームのGM補佐が、当時誰も注目していなかった「出塁率」というデータを軸にして選手を集めたところ、なんと20連勝したという奇跡の物語です。
打率・打点・ホームランといった成績に秀でた選手は総じて年俸が高い。しかし、アスレチックスは弱い球団でお金がなかったので、そういうスター選手を獲得するのは難しかった。
そこで彼が選手選びの基準に採用したのが「出塁率」でした。当時は、出塁率というデータがなかったので、彼は自らスコアブックから必要なデータをピックアップして、出塁率を計算しました。
そうすると、四球をたくさん選ぶような出塁率が高い選手は、勝利への貢献度は高い一方で年俸は安いということに気づいたんです。なので、出塁率が高い選手を中心としたチーム編成をしたところ、当時のメジャー新記録である20連勝を達成できました。
彼も、「出塁率」という指標、すなわち新たな言葉をつくって革命を起こしたといえると思います。
「AIを上回る」ために必要なこと
もちろん、新しい言葉をつくるためには、いま使われている言葉の意味や定義をきちんと理解しておかないといけません。そのためには、あいまいにしか理解していない言葉に出会ったときに、必ず辞書を引いて意味を確認するようにして、少しずつ語彙力を上げていくしかありません。
そして、そのためには「書く」という行為が欠かせません。なぜならば「書く」がないと、一つひとつの言葉の意味も考えないので、結局自分がその言葉をあいまいにしか理解していないことに気づけないからです。
この「書く」→「あいまいにしか理解していない言葉の発見」→「辞書を引く」→「語彙力の向上」のプロセスがない限り、思考力の向上はあり得ないのです。逆に、日々このプロセスを地道に積み上げれば、少しずつ自分だけのクリエイティブさが出てきて、AIとはひと味違う「自分ならではの思考」ができるようになるはずですよ。
(本稿は、ダイヤモンド社「The Salon」主催『新マーケティング原論』刊行記念セミナーのダイジェスト記事です。「The Salon」の公式Twitterはこちら)