トレンドが激しく移り変わるいま、時代に左右されない「モノが売れる原理」が必要とされている。そんなマーケティングの「そもそも論」を徹底的に掘り下げたのが、博報堂やボストン コンサルティング グループで活躍してきた津田久資氏による最新刊『新マーケティング原論』だ。
「マーケティングを科学する第一歩」(冨山和彦氏)、「これこそ『クリティカルに考える』ということ」(デービッド・アトキンソン氏)など各氏の称賛を集める同書では、4Pや3C、ブルーオーシャン戦略や破壊的イノベーション戦略など、おなじみのツールや理論が「そもそもなぜ有効なのか?」という部分も含めて、きわめてわかりやすく解説されている。まさに「考えるマーケター」のための教科書だ。
本稿では、同書より一部を抜粋・編集し、「買い手がコストパフォーマンスを見極める際の3つのポイント」をご紹介する。
「購入検討の俎上」に載るための3つの条件
買い手がなにかの商品を購入するときには、コストパフォーマンス(CP)が判断軸になります。前回までは、その構成要素である「コスト」と「パフォーマンス」の中身を見てきました。
今回はいよいよ、購買意思決定においてCPがどのように作用しているのかに踏み込んでいきましょう。「CPが『買おう!』の判断軸になる」というのは、どういうことなのでしょうか?
「買おう!」という意思決定が成立するには、少なくとも次の3つのラインを超えていなければならないはずです。
①「手に入れてもいい」のライン
②「買える」のライン
③「買ってもいい」のライン
まず、①「手に入れてもいい」のラインです。これは、買い手が商品に求めているパフォーマンスの「最低ライン」だと言い換えられます。
買い手が商品を求めているのは、一定の効能を求めているからですが、その達成水準があまりにも低い商品は、そもそも購買検討の俎上に載りません。どれだけ価格が安かろうと、効能を感じられないものは「価値がある=手に入れてもいい」とは判断されないのです。
当然ながら、人によって求める属性が違う以上、求めるパフォーマンスの最低ラインは、人によってまちまちとなります。
次の②「買える」のラインは明確です。これは許容できるコストのラインであり、いわゆる「ない袖は振れない」というやつです。いくらその商品のパフォーマンスが高くても、コスト(主に価格コスト)があまりにも高くなると、人はそもそもCPの良し悪しを判断できません。
たとえば、スペース・アドベンチャーズ社の提供する22億円の宇宙旅行は、ふつうの人にとってはCPが高いのか低いのか、もはやよくわかりません。「買える」のラインを大きく上回ってしまっているので、そもそも「買おう!」という意思決定が生まれ得ないのです。
この「買える」のラインは以下によって算出されるため、人によって異なります。
前者(可処分所得)はその人の収入・資産に大きく影響を受けます。大金持ちであれば、多少の高額でも気にしないので、「買える」の基準は高くなります。
また、後者(特定の効能のマインドシェア)はその人の趣味嗜好だったり価値観だったりに影響を受けます。「いつか宇宙旅行に行きたい」という夢を強烈に抱いていたり、無類のワイン好きだったり、「家族の喜ぶ顔が見たい」という思いを持っている人は、多少の無理をしてでもそれらにお金を出そうとしますから、特定の属性を持つ商品に対しては「買える」のラインが高くなるわけです。
そして、最後に来るのが③「買ってもいい」のラインです。これはCPラインと呼んでもいいでしょう。
ある商品Aのパフォーマンスが1万円だとします。つまり、Aが提供する価値に対して、あなたは「1万円なら出してもいい」と感じているということです。ところが、Aを手に入れるのにかかるコスト(=価格コスト+到達コスト)が2万円だったらどうでしょうか? この商品AのCPは以下のようになります。
費やしてもいいと感じる額が最大1万円なのに、2万円出さないと手に入らないようなものは、ふつうだれも購買したがりません。逆に、1万円分のパフォーマンスがあるのに、5000円のコストで手に入るようなものであれば、それは「買ったほうがいい商品(=お買い得な商品)」だということになります(CP=2.0)。
横軸にコスト、縦軸にパフォーマンスをとったとき、両者が釣り合う右肩上がりの45度線が「CPライン」にあたります。CPラインより上に存在する商品(CP≧1.0)はすべて、コストよりもパフォーマンスが高い商品、すなわち「買ってもいい」商品です。
逆に、その線よりも下にあるもの(CP<1.0)は、コストとパフォーマンスが見合わない「買わないほうがいい」商品ということになります。いくら①「手に入れてもいい」と②「買える」のラインを超えていても、③「買ってもいい」のラインを超えていなければ、その商品が購買されることはまずあり得ないのです。