コロナ禍とプロパー社長就任がきっかけに?
「地域あっての鉄道会社」回帰のチャンス

 鎌倉高校前駅に限らず、全長10kmの江ノ電は、ほぼ全駅が何らかの観光地と化している。また、スラムダンクだけでなく、これまで数多くのドラマ・映画に登場してきた。この10年内のテレビドラマなら「最後から二番目の恋」(12年)や、映画なら「海街diary」(15年)などなど。

 実は江ノ電、振り返れば76年放送のドラマ「俺たちの朝」に登場したことで聖地巡礼客が急増し、廃線寸前の経営難から立ち直った過去を持つ。89年には累積赤字を解消し、その後は安定して黒字基調を保ってきた。

 ただ、江ノ電は住民利用と通勤・通学を前提とした「地域の電車」だ。沿線には七里ガ浜高校や鵠沼高校など学校も多く、定期利用者が3割を占める。にもかかわらず、あまりの観光客の多さに、「通学生が電車に乗るまで30分以上待たされる」「混雑に嫌気した高齢者が外出を諦める」といった事態も発生しているという。鎌倉市と藤沢市では、「江ノ電沿線住民等証明書」を発行して「優先乗車」の社会実験を行っているが、根本的な解決には至っていない。

 観光客の増加でコロナ前は年間2000万人が乗車していた江ノ電。しかし、コロナ禍による観光客・インバウンドの減少で、22年3月期は赤字に転落した。

 同社はこの機会に地域密着に立ち返るべく、地元で収穫された野菜や特産品の販売を行う自動販売機「mini-ichi」を設置するなど、地域に密着した取り組みを試行錯誤していたという。

 また、路上走行区間(江ノ島駅~腰越駅間)で常態化していたダイヤ乱れを改善しようと、今春から運転間隔を12分間隔から14分間隔へ変更し、減便を決断するなど、鉄道として無理のない運行体制を整えてもいる。

 江ノ電は22年に開業120周年を迎えた。実は90年以上、株主や経営母体(小田急)から社長が送り込まれてきたので、プロパー社長が誕生したのはつい最近のことだ(18年、現在の楢井進社長)。「長らく社員や沿線の意向が反映されづらい経営環境だった」との指摘もある。

 鎌倉高校前駅でのオーバーツーリズムは現状、解決のめどが立っていない。自治体と手を取り合って、地道に対策を取っていくしかないだろう。

 コロナ禍という未曽有の危機を経た今だからこそ、観光需要やインバウンド集客もしつつ、地域住民のために無理のない鉄道運営も行うべきだろう。プロパー社長はどのようにバランスを取った経営をするのか、手腕が試される。

江ノ電沿線を「江の島シーキャンドル」から眺める江ノ電沿線を「江の島シーキャンドル」から眺める Photo by W.M.