『影響力の魔法』という書籍のなかで、僕は「影響力」を、「潜在意識に働きかけることで、人を動かす力」と定義しています。そして、僕は、後輩の潜在意識に生まれるであろう「義務感」や「恐怖心」をテコにして、「契約書にサインする」という行動に仕向けようとした。つまり、「影響力」を使ったということであり、その場では、彼に「契約書にサインする」という行動をさせることに成功したわけです。
「偽物の影響力」は自分を傷つけるだけ
しかし、この”成功”こそが、取り返しのつかない「大失敗」だったのです。
僕は、何を間違ったのか? いくつもの間違いがあると思いますが、最大の間違いは、「義務感」や「恐怖心」など、相手にとって「不快な感情」を利用しようとしたことだと僕は考えています。
たしかに、「義務感」や「恐怖心」などの感情をテコにすることで、相手が「本当はしたくない行動」を強いることは可能かもしれません。
しかし、当たり前のことですが、そのような「行動」を強いられた相手は、内心できわめて強い反発・反感をもつに決まっています。あのとき僕は、後輩の「クーリングオフ」に愕然としましたが、それも当然の結末だったのです。
つまり、その場では、相手を動かすことができたとしても、それは「偽物の影響力」にすぎないということ。そして、そのような「偽物の影響力」に頼って、一時の”成功”を得たとしても、それが永続することはない。それどころか、最終的には自分を傷つける結果を招くだけなのです。
では、「本物の影響力」とは何か?
「偽物の影響力」の逆をやればいいのです。相手の潜在意識において「親近感」「安心感」「好感」「共感」「信頼感」などのポジティブな感情を生み出し、相手が自ら喜んでこちらの意図を汲み取ろうとしてくれ、行動までも起こしてくれること。これに成功することができれば、その「成功」は永続するでしょう。しかも、相手との間の人間関係も良好なものとなり、僕たちに幸福感をもたらしてくれるに違いありません。
ところが、会社などの組織のなかで働いていると、そこには「権力関係」が存在するために、上司など「強い立場」にある人はついつい、「権力・権限」を用いて「義務感」や「恐怖心」といった感情をテコに、「弱い立場」にある人を動かそうとしてしまいがちです(ときには、そうせざるを得ないことはありますが……)。
そのほうが、「親近感」「安心感」「好感」などのポジティブな感情をテコに相手を動かすよりも容易であるため、それにすぐに頼ってしまうケースも散見されるようです。しかも、「義務感」や「恐怖心」をテコに、相手に「行動」を強いる姿に、”強いリーダーシップ”を感じる錯誤も起きやすいと言えるでしょう。しかし、それが、僕たちにもたらすのは”偽物の人間関係”でしかなく、いずれ足下をすくわれる結果を招くことを忘れてはならないと思います。そして、「本物の影響力」に磨きをかけた人だけが、「真に強いリーダー」へと育っていくのでしょう。
このことに気づくきっかけを与えてくれたのは、あの後輩です。彼には、本当に不愉快な思いをさせてしまい、今もお詫びの気持ちでいっぱいですが、同時に、人生において大切なことを教えてもらえたことに、深く感謝しています。心から御礼をお伝えしたいと思っています(詳しくは、『影響力の魔法』に書いてありますので、ぜひお読みください)。