ビジネスパーソン写真はイメージです Photo:PIXTA

スタートアップ企業は、社会をより良い方向に進め、サービスを通して新たな視点を与える急成長企業を指す。少数精鋭で立ち上げた企業も、成長とともに人員が増えた結果、1000人規模のスタートアップ企業も少なくない。そこで必要になるのが、働くメンバーが集中して仕事に取り組むために必要な「人事制度」だ。社員の評価制度を設計する際に「バリュー」を組み込む重要性について、スタートアップの組織・人事領域でコンサルティングを行う金田宏之氏が解説する。本稿は、金田宏之『スタートアップのための人事制度の作り方』(翔泳社)の一部を抜粋・編集したものです。

バリューを連動させた
行動評価

「成果を生み出す価値観の体現」を振り返る仕組みを意味する行動評価は、成果を継続的かつ安定的に残すために必要とされる「再現性」の強化を目的に設計・運用されます。スタートアップでは、行動評価の評価基準に自社のバリュー(価値観)を活用するケースが増えてきました。バリューと評価制度の接続は、バリューの理解浸透に役立ちますが、抽象的な概念で整理されるバリューをそのまま評価制度に活用すると現場で混乱が起きてしまいます。バリューを連動させた行動評価について、事例を示しながら具体的な制度設計のポイントを解説していきます。

 行動評価の説明に入る前に、そもそも「バリューとは何か?」について認識をそろえておきます。シンプルでわかりやすく現場で使えるように定義しました。

図_ビジョン・ミッション・バリューの構造ビジョン・ミッション・バリューの構造
図表:本書より 拡大画像表示

 バリューとは、ビジョン・ミッションを実現するための「価値観」です。厳密には、ミッションを実現するための戦略と組織から「価値観」は導かれます。この「価値観」のことを、本書では認識・思考・判断・行動の基準と定義しました。

 例えば、「AかBか」の判断に迷った場合、判断の基準に使われるのがバリューです。あるバリューでは「A」を、別のバリューでは「B」を選択するかもしれません。つまり、バリューに絶対的な正解はなく、ビジョン・ミッションそして戦略を実現するための判断や行動を促すことができれば、自社に適した正しい価値観といえます。バリューは、ビジョン・ミッションそして戦略を実現するために最適化された「認識・思考・判断・行動の基準」です。この基準を日々の働きぶりに照らし合わせてフィードバックし、バリューを体現できる個と組織をつくる仕組みが行動評価なのです。

スタートアップに
バリューが必要な3つの理由

 ビジョン・ミッション、戦略を実現するための判断や行動の基準として、バリューがあります。この考え方だけでもバリューが大切だとわかると思いますが、さらにスタートアップならではの次のような3つの理由があります。

(1)急成長が求められる

 スタートアップには「急成長」が求められます。単なる「成長」ではなく「急成長」です。この急成長を実現する圧倒的なスピードを生み出すのがバリューであり、公式な基準として認識・思考・判断・行動のスピードを上げ、トライ&エラーを高速化します。先の見えないスタートアップでは、トライ&エラーの高速化が組織の差別化要因になり得ます。もちろん、スタートアップらしく最後は「エイヤー!」で判断したり行動したりすることもたくさんありますが、日々の活動がバリューに基づいて進むことでスタートアップとしての急成長を後押ししてくれます。

(2)多様な人材でチームが構成される

 スタートアップは、中途採用を通じて専門性によって貢献できる即戦力人材を集めます。異なる会社で経験を積んだメンバーによって構成されるチームの多様性は、新卒採用で構成されるチームの多様性とはまったく別物です。ポジティブな創発も期待できる一方、ネガティブな衝突も起きるため、仲間集めの基準としてバリューが必要になります。過去の経験や専門性は違っているとしても、判断や行動などの基準となるバリューが擦り合うかどうかを見極める必要があります。世間一般でいわれるカルチャーフィットとは価値観が合うこと、つまり結果として同じように認識・思考・判断・行動できることを意味します。

 バリューが言語化されていないとこの見極めができず、入社後の協働やコミュニケーションにも時間とストレスがかかってしまいます。新卒採用で何十人、何百人と採用して新入社員研修からスタートする組織では、バリューがなくとも「同じ釜の飯を食う」ことで強固なカルチャーが醸成され、あえてバリューを強調しなくても組織は自然と「右に倣え」ができるようになります。

 しかし、スタートアップはこうはいきません。カルチャーをこれからつくっていくフェーズであり人材の多様性も高いという特徴があるため、言語化されたバリューで判断・行動の基準をきちんと示すことが必要です。

(3)採用の決定打になり得る

 スタートアップの人事において、最も重要な領域は採用です。ビジョン・ミッションの実現に貢献できる人材を採用するために、自社のことを的確に伝えなければいけません。この情報発信を大いに促してくれるのがバリューです。バリューは、判断や行動の基準として「仕事の仕方」や「モノの考え方」を想起させてくれるため、バリューの発信が採用候補者の会社理解に役立ち、結果としてアトラクトにもつながります。

 スタートアップに入社(転職)する理由には、ビジョンやミッション、事業やプロダクト、人や組織、インセンティブなどがあります。「ミッションに惹かれた」「プロダクトの社会的価値が高い」「気の合いそうな人が多い」「ずばりストックオプション」などの他に、「バリューが自分の価値観とも合っていた」の威力は絶大です。

 どの会社も同じような仕事が並んでいる中で、「仕事の仕方」や「モノの考え方」を強く方向付けるバリューは、転職先を自分自身に納得させるための格好の理由であり決定打となります。