英国やイスラエルと比較すると
意思決定の遅さが目立つ

 また、21年8~9月の東京オリンピック・パラリンピックは全試合が無観客となった。国民へのワクチン接種が一巡し、21年6月にサッカー「EURO2020」の決勝戦を有観客で開催した英国と対照的だった(第279回)。

 ワクチン接種が遅れた原因としては、「自治体任せ」の接種体制が混乱を招いたことや、国内でのワクチン開発が進まなかったことが指摘されてきた。だが、より深刻な要因は、十分な量のワクチンを製薬会社から素早く調達するための交渉が遅れたことだ。

 新型コロナのワクチン開発は20年1月以降、基礎研究の蓄積をベースとする形で、各国の研究機関や製薬会社によって一挙に加速した。

 英国では20年4月、ボリス・ジョンソン首相(当時)が「ワクチン開発のためにできることはなんでもする」と決断。そこから約1年間で、英財務省は135億ポンド(約2兆400億円)の巨額資金をワクチン開発につぎ込んだ(ローラ・クンスバーグ『【解説】イギリス政府はパンデミックとどう闘ったか 1年間の舞台裏』BBC NEWS)。

 20年6月頃には、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相など、世界の首脳が製薬会社とワクチン確保の直接交渉を開始していた。

 だが、日本の専門家会議は「ワクチン開発には数年かかる」と安倍晋三首相(当時)に進言した。20年8月の記者会見で、尾身氏がワクチンについて「分からないことばかりと言ってもいいくらいだ」と発言する場面もあった。資金確保・交渉・情報収集の全てにおいて、日本は世界に後れを取っていたのだ。

 そして、安倍氏からバトンタッチした菅義偉首相(当時)は業を煮やし、21年1月下旬にファイザーとの直接交渉に乗り出した。

 その後、菅氏のリーダーシップの下で「1日100万回接種」という目標を掲げ、ワクチン接種率では欧米を追い上げて世界トップ水準を実現した(詳細はダイヤモンド・オンライン『菅前首相が明かす、ワクチン接種1日100万回をぶち上げた根拠と縦割り打破』参照)。

 この菅氏の施策は英断だったといえる。だが、国産ワクチンはいまだに開発途上だ。先日、第一三共製のワクチンが薬事承認されたものの、中国で初めて新型コロナの存在が確認されてから3年半以上がたち、「5類」に移行した後での承認だ。遅きに失した感は否めない。

 尾身氏らがワクチンについて素早く情報を収集し、世界最先端の動向を踏まえた上で政府に進言していたら、こうした事態は防げたのではないだろうか。