工場で学んだ現場主義
直接原価計算方式との出会い 

 三菱電機に新卒で入社し、重電の主力工場であった神戸の経理部原価課に配属されました。筆者の仕事は、設計者が作成した設計図面や部品表から、重電機器用の大きなモーターなどの機械や設備を電気制御する制御盤の原価を見積もることでした。

 1年、2年と経過すると、徐々に図面や部品表から製品イメージが浮かぶようになりました。やがて製品開発と製造現場についての理解が進み、設計者や現場の皆さんと意見交換もできるようになります。「原価計算の職人」的な気概も芽生えながら、「もの造り」の世界に魅了されるようになっていきました。

 そして、この原体験は、その後、製造業で経理財務の仕事を続けるベースとなる現場・現物・現実の三現主義の価値観形成につながりました。

 約5年間勤務した神戸の工場時代には、1985年9月の「プラザ合意」後の急速な円高の進行に伴う輸出減少と国内景気の低迷への対応も課題となりました。このときに、筆者にとって「科学的経営」との出会いとなった、直接原価方式(Direct Costing Method:DC方式)による収益構造分析と改革立案の手法を習得しました。

 三菱電機は、工場を収益単位(プロフィットセンター)とする事業所制を取っていました。同時期に工場内の複数の製造部で、DC方式活用のシミュレーションをベースとする構造改革案が、実行に移されていきました。それらは、購買原低、IE (生産工学)やVE (価値工学)活用による生産性向上、原低機種開発などの原価低減による収益性の向上、製品ポートフォリオの見直しや機種の工場間移管、場合によっては転勤を伴う社員の異動も含まれていました。

 このように急激な景気悪化や事業環境の変動を背景に、構造改革が急務となる局面では、DC方式活用による業績予測シミュレーションと構造改革立案が効果的です。筆者自身もその後、三菱電機の英国や米国の海外現地法人(現法)、外資系日本法人、日本電産(現ニデック。本連載では筆者が在籍していた当時の、社名変更前の日本電産を使用します)において、構造改革立案に迫られたさまざまな局面で、このDC方式を活用していきました。

 では、そのDC方式とは何か、について概説しましょう。DC方式の損益計算書(P/L)は、財務諸表で使用される全部原価計算方式(Full Costing Method:FC方式)のP/Lから、売上原価と販管費(販売及び一般管理費)を売上高に直結する費用(変動費)と期間費用(固定費)への再分類により作成されます。DC方式のP/Lモデルは、収益構造を可視化(見える化)し、損益分岐点売上高算出や「売上高」、「固定費」、「変動費」の感度分析を経て損益シミュレーション(業績予測)を可能にします。

 その転換方法は、FC方式の売上原価と販管費を、変動費と固定費に分類(固変分解)するものですが、この固変分解に際しては、変動費(後述するTOCの「純変動費」)が生産/売上数量にきちんと比例するようにすることが重要なポイントになります。

 図表1-1は、P/LのFC方式からDC方式への転換方法と、エリヤフ・ゴールドラット博士の制約理論(TOC:Theory of Constrain)で活用されるスループット会計との対応を、筆者の理解に基づきモデルP/Lとして示したものです。なお、TOCをさらに研究されたい読者には、邦訳書2冊、『ザ・ゴール』(エリヤフ・ゴールドラット著、三本木亮訳、ダイヤモンド社)と『TOCスループット会計』(トーマス・コーベット著、佐々木俊雄訳、ダイヤモンド社)を読まれることをお勧めします。

 DC方式では、原材料の購買原低や現場の生産性向上による原価低減によって変動費(TOCの「純変動費」)の対売上高比率を下げ、限界利益(TOCの「スループット」)率を最大化。さらに固定費(TOCの「業務費用」)の変動費化や圧縮による低減などの施策を導きます。そして、損益分岐点を下げ、全体最適の視点から収益性を高めていくというアプローチを取ります。

『TOCスループット会計』(ダイヤモンド社)では、この「TOCスループット会計」活用の効用を、「企業がコストワールドからスループットワールドに転換できさえすれば、スループット会計は単純で簡単にでき便利である」と述べています。これを筆者流に言い換えると、「企業がFC方式からDC方式に転換できさえすれば、DC方式は単純で簡単にでき便利であり、効果的である」となります。