空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

雲研究者、 凶暴なカラスと全力で格闘する。【研究者の泥臭い日常】Photo: Adobe Stock

観測と犬とカラス

「雲を研究しています」と聞くと、白衣を着て美しい空を眺めていられるなんていいなあと思われるかもしれません。

 しかし、実際の日常は、なかなか泥臭いものです。

 たとえば、少し前まで私の頭を悩ませていたのは、カラスです。

 気象に由来する災害が頻発する昨今、豪雨や豪雪、竜巻などの災害をもたらす雲の仕組みの解明と発生予測が急務となっています。

 そうした雲は局所的に発生して短時間で変動するため、高精度な予測が求められていますが、現時点では困難です。

 精度の高い予測を実現するためには、大気の状態や雲の物理量を高頻度で観測しなくてはなりません。そこで私がはじめたのが、「地上マイクロ波放射計」による、大気と雲の観測です。

 大気中の気体分子や水蒸気、雲を含む全ての物体は電磁波を放出しています(放射)。放射は物質によって感度の高い周波数が違うため、放射の強さを調べることで、その物質がどのくらい大気中に存在しているかを測ることができます。

 その放射の強さを受信して観測するのが放射計であり、マイクロ波と呼ばれる領域の放射の強さを観測するのが、マイクロ波放射計です。

 マイクロ波放射計自体は気象衛星にも搭載されており、大気や雲が調べられています。私が注目したのは地上設置型のマイクロ波放射計で、これを使用することで数値予報モデルが苦手としている大気下層の水蒸気や気温を正確かつ高頻度に解析できるようになるのです。

 このマイクロ波放射計、なんだか横を向いた犬のように見えませんか?

雲研究者、 凶暴なカラスと全力で格闘する。【研究者の泥臭い日常】地上マイクロ波放射計(写真:荒木健太郎)

 そういわれて見ていると、だんだんと犬にしか見えなくなってくると思います。これは「パレイドリア現象」といって、たとえば雲が動物などよく見知ったものに見えるという心理現象で、一度何かに見えてしまうとそうとしか見られなくなってしまうそうです。

 あるときマイクロ波放射計が犬に似ているという話になり、それ以降は関係者も「犬」と呼ぶようになりました。

そして、闘いは始まった

 気象研究所の屋上にマイクロ波放射計を設置し、従来の計測器との比較観測をはじめた頃、問題が起こりました。

 マイクロ波を受ける部分を覆っているレドームというカバーにたびたび穴が開いたのです。

 レドームは微弱なマイクロ波を透過する特殊な柔らかい素材でできており、それをカラスがつついて穴を開けていたのです。

 もうこうなっては、闘いしか道はありません。

 放射計はデリケートかつ非常に高額で、レドームに穴が開くと内部に雨水が入り、故障の原因になるのです。

 特につくばのカラスは凶暴で、カラス対策のために試行錯誤を繰り返し、最終的に放射計の周囲に釣り糸で網を張り、カラスが物理的に近づけないための細工を施しました。

 この対策方法を確立してからは、今のところカラスによる鳥害は起こっていません。

 カラス対策はマイクロ波放射計以外の観測機器でも問題になっているようで、「つくばで無事ならば全国どこでも大丈夫」という共通認識が気象庁内でできつつあるようです。

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしから抜粋・編集したものです)

荒木健太郎(あらき・けんたろう)

雲研究者・気象庁気象研究所主任研究官・博士(学術)。
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事したあと、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、気象災害をもたらす雲の仕組みの研究に取組んでいる。映画『天気の子』(新海誠監督)気象監修。『情熱大陸』『ドラえもん』など出演多数。著書に『すごすぎる天気の図鑑』『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、KADOKAWA)、『世界でいちばん素敵な雲の教室』(三才ブックス)、『雲を愛する技術』(光文社新書)、『雲の中では何が起こっているのか』(ベレ出版)、新刊に『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(ダイヤモンド社)などがある。
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