世紀の大逆転
そうして迎えた第4局。先手番の永瀬は練りに練った速攻でリードを奪う。40手目まで進んだ段階で、持ち時間5時間のうち、消費は永瀬5分、藤井2時間48分と大差がついた。
「どの対局でも綿密に準備をされて臨まれている」
「中盤以降でも、的確に指されることが多かった」
局後、藤井は永瀬の強さについてそう語った。
藤井は決定的な差をつけられぬよう辛抱に辛抱を重ねる。形勢は揺れ動き、勝敗不明の終盤戦に入った。しかし永瀬が再び突き放し、いよいよ永瀬の勝ちが近づいた場面を迎えた。
本局をずっと中継していたABEMAでは、将棋のタイトル戦史上、最高視聴数を記録したという。数え切れぬほどの多くのファンが固唾をのんで、スリリングな最終盤を見守っていた。
122手目。藤井は秒を読まれながら盤上中央に銀を打った。
コンピューター将棋(AI)の評価値から換算された「勝率」の表示は先手「83%」から「99%」に変わった。形勢は永瀬必勝。解説の木村一基九段はすぐに、永瀬勝ちに至る手順を述べた。駒台に乗っている持ち駒の金を打って王手をかけ、駒をはがしたあと、タダで取られるところに飛車を打つ絶妙の攻防手がある。プロならばひと目という筋だ。
「これはもう、永瀬さんはすでに読んでいますね」(木村)
普段の永瀬であれば、数秒もかからずに発見できただろう。厳密にいえば藤井玉には長手数の詰みまであったが、詰まさなくとも永瀬が負けぬよう着実に指し進めれば、盤石の形を築ける。藤井は頬杖をつき、うつむいている。対局室には記録係の秒読みの声だけが響く。
9まで読まれて、永瀬の右手が盤上に伸びる。永瀬が指したのは金打ちではなく、馬が入る王手だった。
「ひゃっ!?」