新規事業に最も反対していた「意外な人物」

佐宗 チョコレート事業は、すでにスタートから2年以上経っていますが、どんな状況なんでしょうか?

山崎 おかげさまで、順調に拡大しています。ただ、じつを言うと、チョコレート事業については、社内でいちばんの反対派がぼくだったんですよ。

佐宗 なんと! そうなんですか? どうして反対だったんでしょう?

山崎 生産者たちの現場に行ったことすらないまま、商品をつくるということが、ぼくには納得がいかなかったんです。今までぼくらはそういうやり方をしてこなかったんです。素材の源流からすべて、生産者とフェイス・トゥ・フェイスで会ってお話しして、そのものの価値を引き出しながらモノをつくるということを大事にしてきたブランドだったはずです。しかし、チョコレートづくりに関して言うと、当時は現地を訪問することができなかった。そんな状況のまま事業を走らせるのがイヤで、いちばん反対していました。

でも、新卒で入社したばかりの人なども含めて、多くのスタッフと話し合ってみたら、「え? ちゃんとお客さんに説明できればいいじゃないですか? 現地にはコロナが明けてから行けば問題ないですよね?」ってみんなから言われたんです。ぼくは日頃から、自分の思いを率直に正直にみんなに言うようにしているので、みんなもすごく率直に思っていることを言ってくれるんですよね。それでみんなに説得されて、「ああ、現地に行くことにそこまでこだわらなくてもいいのかも」と思えるようになりました。あのプロセスは大事だったなと思います。

佐宗 その後、生産地には行かれたんですか?

山崎 昨年の6月にインドネシアのスラウェシ島に行きました。やはり想像していたのとは状況が違っていた部分もあったので、やはり現地の人と顔を合わせることは大事だなと思いましたね。

でもあのとき、マザーハウスの「らしさ」に対して、いちばん強いこだわりを持っていたのがぼくだったことに、ちょっとホッとしたところもあるんですよ(笑)。世の中的には、トップのほうが「もっと自由にやろうよ」と思っているのに、スタッフの側はこれまでのやり方にとらわれてしまっているというケースのほうが多いと思うんです。でも、マザーハウスの場合は逆でした。これはよかったなと思っています。

マザーハウス流・新規事業の生み出し方
佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー/多摩美術大学 特任准教授
東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を創業。山本山、ソニー、パナソニック、オムロン、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、KINTO、ALE、クロスフィールズ、白馬村など、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーションおよびブランディングの支援を行うほか、各社の企業理念の策定および実装に向けたプロジェクトについても実績多数。著書に最新刊『理念経営2.0』のほか、ベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法』(いずれもダイヤモンド社)などがある。