「渡り鳥の群れ」のような会社をつくるにはどうすればいいのだろうか? 強烈なリーダーに「統率」されるのではなく、それぞれが個として「自律」していながら、同時に群れをバラバラに崩壊させないためには、なにが必要なのだろうか──? こうした問題意識から出発して、これからの企業理念のあり方を探索した『理念経営2.0』の著者・佐宗邦威さんによる対談シリーズ。
今回は、「夢に手足を。」「やさしく、つよく、おもしろく。」といった理念を掲げながら、株式会社ほぼ日を経営している糸井重里さんをゲストにお迎えする。もともとはコピーライターという「ことばをつくる仕事」から出発した糸井さんは、なぜ佐宗さんの『理念経営2.0』に注目したのか? ほぼ日の企業理念の背景には、どんな発想があるのか?(第1回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。
今を「未来への供物」にしていないか?
佐宗邦威(以下、佐宗) いま、ぼくは軽井沢と東京の二拠点生活をしているんですが、軽井沢に暮らすようになってから「日々の繰り返しを楽しむような円環的な時間の感覚」に変わってきました。そういう「今、ここ」に集中し、日々の小さな変化をとそこで生まれた思索や感情を振り返るうえでは「ほぼ日手帳」が最適だと思っていて、寝る前にその日にあったことを振り返るのに使っているんです。いろんなところでも勧めさせていただいてます。
糸井重里(以下、糸井) うれしいですね。じつは自分でも「ほぼ日手帳」がなぜいいのか、この頃ようやくわかってきましてね。来年のほぼ日手帳のテーマは「LIFE is PRESENT」なんです。PRESENTって「贈りもの」と「現在」という意味がある。この「現在」という点を意識しないと、時間は絶対に見えてこないんですよね。ぼく自身も最近、それを痛切に感じるようになって。
佐宗 興味深いですね! 最近そう感じられるようになったのですか!
糸井 最近ですね。これまでは「まだ先がある」「先に期待するから今が楽しい」という発想が自分のなかにあったし、考え方の流行としても未来志向みたいなものが長く続いてきた。未来に対する供物としての「今」ですね。そうではない発想も耳には入ってきていたはずなんだけど、それってなんだか快楽主義のように見えていて。ぼくはおいしいものは最後にとっておくタイプなんです。
だけど、「今」を単なる未来への捧げものにしたらダメだと思えるようになりました。「先のために今がある」と考えるのは、ちょっと危ないと感じるんですよね。
佐宗 ぼく自身も「今、ここ」を中心に生きる感覚になってきています。これまでは企業の未来ビジョンづくりを支援する仕事をしてきましたし、個人としても自分なりの未来像を不動点として持っておいたほうがいいと思っていたんです。でも、世の中や環境はどんどん変わっていきますし、とくに個人のビジョンはどんどん変わっていくんですよね。
最近は、自分を「コマ」のようなイメージでとらえています。シンプルな原則を中心軸にしっかり持ちつつ、あとは自由にくるくると回りながら臨機応変に対応していけばいいのかなと。そういうスタイルのほうが気楽だし、未来に負債感を持たなくなるんですよね。
糸井 そうですね。たとえば、戦後すぐに多くの人が掲げた「腹いっぱいメシが食いたい」っていう未来像はわりとすぐに実現しちゃったし、叶った時点ではもはや大きな意味を持ちませんでした。そういうことってよくあると思うんですよ。今、多くの人が疲れちゃっているのって、未来のために「今」を犠牲にする日々が積み重なってきたからなんじゃないかなって思うわけです。
ほぼ日では、会社の理念などを言葉にするときに、「これならいいかな」と思える言葉を使ってきたんだけれど、そこでも「先のこと」は言ってないんですよね。
佐宗 たしかに。つねに「今どういう存在であるか」というBeingのことを語っていらっしゃいますよね。
糸井 だから「未来が見えない」と言われちゃうのかもしれないけれど、覚悟の上でそういう言い方にしてきたんだと思います。そういう態度でいれば、別の誰かと一緒に歩いていけますし、そのほうが大事なんじゃないかと思うんです。
佐宗 誰かと一緒に歩いていける。なるほど。
糸井 誰かが予言した未来は当たったり外れたりするんだけれど、先が見えている人だけがいちばん幸せになるわけじゃないんです。ジョブズはスマホのある未来を予言してそれが的中したわけだけれど、その未来のなかでスマホの恩恵に与れたのはジョブズだけではないですよね。「いちばん先に未来にたどりつくこと」をトクだとみんな思いすぎてるんじゃないかな。とくにここ1、2年でそう思うようになりましたね。
佐宗 たしかにそうですねえ。
糸井 何もしないのは退屈でつまらないし、何かやって友達と喜び合ったりはしたい。でも、「この先こうなります」という未来は、曖昧なままでいいんじゃないかな。目標に向かってがんばっている人を否定はしないですけど、ぼく自身は、起きてから寝るまでの一日のなかで「今日はこれがよかったなぁ」と思うことを積み重ねるほうが大事なのかなと思っているんです。老化したのかもしれないですね(笑)。
株式会社ほぼ日代表取締役社長
1948年生まれ、群馬県前橋市出身。1971年にコピーライターとしてデビュー。西武百貨店「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など数々のキャッチコピーで一世を風靡、また作詞やエッセイ執筆、ゲーム制作など、幅広いジャンルでも活躍。1998年に毎日更新のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」創刊。『ほぼ日手帳』をはじめとする生活関連商品や、AR地球儀『ほぼ日のアースボール』、「人に会おう、話を聞こう。」をテーマにお届けする『ほぼ日の學校』などさまざまなコンテンツの企画開発を手がける。2017年東京証券取引所JASDAQ市場(現・スタンダード市場)に上場。著者に『インターネット的』(PHP文庫)、『すいません、ほぼ日の経営。』(川島蓉子さんとの共著、日経BP)、『生まれちゃった。』(ほぼ日)など多数。