「渡り鳥の群れ」のような会社をつくるにはどうすればいいのだろうか? 強烈なリーダーに「統率」されるのではなく、それぞれが個として「自律」していながら、同時に群れをバラバラに崩壊させないためには、なにが必要なのだろうか──? こうした問題意識から出発して、これからの企業理念のあり方を探索した『理念経営2.0』の著者・佐宗邦威さんによる対談シリーズ。
今回は、「夢に手足を。」「やさしく、つよく、おもしろく。」といった理念を掲げながら、株式会社ほぼ日を経営している糸井重里さんをゲストにお迎えする。もともとはコピーライターという「ことばをつくる仕事」から出発した糸井さんは、なぜ佐宗さんの『理念経営2.0』に注目したのか? ほぼ日の企業理念の背景には、どんな発想があるのか?(第2回/全3回 構成:フェリックス清香 撮影:疋田千里)。
ぼくたちは「ルールを守るため」に群れているわけではない
佐宗邦威(以下、佐宗) 前回、会社が群れとして行動することに関して、糸井さんは「群れが守れる範囲のギリギリのところで一致していることのほうが大事なのでは?」とおっしゃっていましたね。「ギリギリのところ」というのは、具体的にはどんなことを指すのでしょうか?
糸井重里(以下、糸井) たとえば、誰かが特定の人のことを「あの人はダメだ」と言い出したら、みんなからの「ダメ」という意見はすぐに集まります。逆も同じで、「あいつ、すごいね」という意見だってすぐに集まる。そのぐらい、評価というものには振れ幅がある。
だからぼくは、「遅刻をしない人」が「遅刻をする人」を責めていたりするのを見ると、それはちょっとちがうと言いたいんです。もちろん、「あいつ、こちらに攻撃を仕掛けてきます」って人だとOKとは言えないけど、「あいつ、もう、しょうがないね(笑)」って言っていられる人はまあOKなくらいに、とにかくハードルを下げるほうがいいと思っているんですよね。
佐宗 なるほど。いろんな人がいることを受け入れる、いわば「コミュニティとしての群れ」という感覚ですね。
糸井 ルールを守ることは、その気になれば誰にでもできる。そして、ルールを守っていない人を発見することは、誰にでもできるんですよ。こういうことをどんどん進めても「ルールを守れる会社」ができ上がるだけです。それでは何も稼ぎ出さないし、楽しくもないんです。ぼくはそういう会社にはしたくないんですよ。
佐宗 なるほど。『理念経営2.0』にも書いたのですが、コロナ禍のときにみんながリモートでバラバラに働くようになってから、「なぜ会社として群れる必要があるんだっけ?」というのをずっと考えてきたんです。今のお話を聞いていて、糸井さんのお考えを聞きたくなりました。
糸井 「内」と「外」の関係だと思っているんですよね。「これは内輪だけの話。人に言うなよ」っていうのを留めておけるのが「内」。それぞれの人が判断するので境界は曖昧だし、ある程度なりゆきに委ねちゃっていいと思っています。
でも、本当に困った状況が起きたりすると、内と外というのははっきり見えてきたりする。たとえば東日本大震災のとき、ぼくはほぼ日の乗組員に対して「すべての判断が正しいと思う」と宣言したんです。東京から出ていくことも、ここに留まることも正しい、と。
リモートワークかオフィス勤務かというのは、群れの内/外とは関係なかったんですよね。幸い、2年間は一切の仕事をしなくても社員みんなが食べていけるだけの備蓄があったので、「3年目から何をしていくかをこの2年で考えよう」と話し合って、そのときに会社として一つになれたと感じたんです。こういう感じに、「内」を感じられるのが、群れなのかなと思います。
東日本大震災の当日には、「内」の広がりを感じられることもありましたよ。帰宅が難しくなった社員に、ほぼ日には食べ物や寝具などがたくさんあるから、みんなここに泊まっていいよと話したんです。すると社員が「妹も帰れないんですけれど、泊まっていいですか?」というようなことを言い出したんですね。「内」が広がっていく感覚。ああ、そういうことを言い出せる会社にできたんだなあ、とうれしくなりました。
株式会社ほぼ日代表取締役社長
1948年生まれ、群馬県前橋市出身。1971年にコピーライターとしてデビュー。西武百貨店「不思議、大好き。」「おいしい生活。」など数々のキャッチコピーで一世を風靡、また作詞やエッセイ執筆、ゲーム制作など、幅広いジャンルでも活躍。1998年に毎日更新のウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」創刊。『ほぼ日手帳』をはじめとする生活関連商品や、AR地球儀『ほぼ日のアースボール』、「人に会おう、話を聞こう。」をテーマにお届けする『ほぼ日の學校』などさまざまなコンテンツの企画開発を手がける。2017年東京証券取引所JASDAQ市場(現・スタンダード市場)に上場。著者に『インターネット的』(PHP文庫)、『すいません、ほぼ日の経営。』(川島蓉子さんとの共著、日経BP)、『生まれちゃった。』(ほぼ日)など多数。