ガルブレイスが“ブラックマンデー”直前に語った「次の金融危機は日本」
「経済学の巨人」と称されるジョン・K・ガルブレイス(John Kenneth Galbraith、1908年10月15日~2006年4月29日)のインタビューが、「週刊ダイヤモンド」1987年10月3日号に掲載されている。当時ガルブレイスは、米ウォール街の過熱ぶりについて警告を発し続けていた。このインタビューの中でも、マネーゲームの行き過ぎ、M&Aブーム、ジャンクボンド(くず債権)、外国資金の大量流入など、拭い切れない不安が米国経済に根差していて、この浮かれ騒ぎが収まったとき、深刻な不況に見舞われると予測している。

 また、米国と同様に、金融危機の可能性を抱えているのが日本だとガルブレイスは指摘する。日本と米国は共に、生産的投資に使われない大量の資金を抱えるカネ余りの状況にあり、金融市場に大きな影響を与えかねないというのだ。

 ただし、こうしたシナリオを披露しながらも、ガルブレイスは「金融危機がいつ起こるか、その時期は分からない。私にも分からないし、ほかの人にも分からないだろう。この問題ではっきり予想できるエコノミストがいたら、疑ってかかった方がいい」と強調している。ところが、このインタビューが世に出て約2週間後の87年10月19日、米国で「ブラックマンデー」と呼ばれる史上最大級の株価大暴落が起きる。ガルブレイスの懸念は現実となった。

 ブラックマンデーは東京市場にも飛び火し、日経平均株価は1日で14.9%も値下がり。これは現在も破られていない最悪の記録だ。しかし、ブラックマンデーの影響を引きずった諸外国と違って、85年のプラザ合意後の大幅な金融緩和の下、バブル景気にあった日本では、株価下落は一時的なものに終わり、89年末には終値で3万8915円と史上最高値を付ける。

 その後、ガルブレイスは90年に『A SHORT HISTORY OF FINANCIAL EUPHORIA』という著作を刊行する。翌年には邦訳され『バブルの物語』(ダイヤモンド社)として刊行された。まだ、多くの日本人はバブル崩壊に気付いていない中、ガルブレイスは序文で「東京の不動産価格については、予測は慎むべきであるが、警告は与えなくてはならない」と書いている。その後、EUPHORIA(ユーフォリア:陶酔的熱病)から覚めた日本は、長く暗い低迷期に突入することになる。(敬称略)(週刊ダイヤモンド/ダイヤモンド・オンライン元編集長 深澤 献)

米国経済に根を張った
三つの不安定要因

――日本でも現在の世界経済と30年代の大恐慌時の状況との類似性が議論されている。あなたは最近の論文で、株式市場の類似性を指摘しているが、これは金融市場や実体経済全般にも当てはまるのか。

ガルブレイスが“ブラックマンデー”直前に語った「次の金融危機は日本」1987年10月3日号より

 最近の米政府の政策などで、幾つかの不安定要因が経済の中にしっかり根を張ってしまった。主な不安定要因としては、次の三つがある。

 第一は、株式市場の要因だ。もともと、株式市場が上昇したのは、投資家が企業業績の改善や改善見通しを好感したからだった。だが、長い間株価の上昇が続いたため、個人投資家や機関投資家は次第に、上昇の流れに乗るためだけに市場に参加するようになった。これらの投資家はいつも、株価が暴落する前にうまく逃げ出そうと狙っている。

 このため、われわれは、何かあれば、いつでも投資家が一斉に市場から引き揚げてしまう可能性に直面している。そうなれば、消費者の購買意欲や企業の投資にも抑制効果が働く。

 第二は、全般的な企業の合併・買収(M&A)ブームと“ジャンクボンド”(危険度の高い社債)熱だ。これは一般に、固定債務を増やす傾向がある。将来、リセッション(景気後退)が起こって、企業収入が減少した場合、当然、企業収入に対する債務返済比率は増大する。そうなれば、破産が増加する。

 第三は、米政府がこれまで大目に見てきた貿易赤字と、同じく米政府が一時盛んに推進していた高金利・ドル高政策だ。これは現在、大量の流動性資産が外国人の手に握られていることを意味する。これらの資産は、米経済の見通しが悪化したり、ドルが不安定になれば、たちまち引き揚げられる恐れがある。恐らくこれは、現在のシステムの中に組み込まれている最悪の不安定要因かもしれない。

 将来起こる確率が高いケースの一つは、ドルが急落し、これを食い止めるために、金利が大幅に引き上げられる場合だ。そうなれば、企業の債務返済は極めて困難になり、株式市場にもろに影響が出てくる。

20年代末と若干の類似
深刻なリセッションがある

――一部の人々は、現在の経済構造は30年代と全く異なっているから、これらの不安定要因に十分対応していけると主張している。従って、若干の金融不安が起こっても、本格的な恐慌にはならないと言うが、あなたの考えはどうか。

 現在は幾つかの点で、20年代や30年代の状況と異なっている。29年以降、経済は急降下し、それを食い止める手立ては何もなかった。当時はケインズ革命以前で、各国政府には経済を維持する責任がなかったのだ。

 当時は銀行制度が極めて脆弱で、取り付け騒ぎにもなんら手が打てなかった。今日でも、銀行制度は、農業融資や石油融資など一部の分野で脆弱性を残しているが、銀行預金保険などによってパニック的な取り付け騒ぎが起こることはほとんどない。

 30年代は農産物価格支持制度もなく、農産物価格は下落する一方だった。それに当時は、総人口に占める農民の比率が現在よりずっと多かった。こんなことは今や、二度と起こらない。

 同様に、当時は労働組合運動も弱かった。物価が下がれば、そのまま賃金も押し下げられた。賃金の低下は当然ながら購買力を押し下げ、それがまた物価の下落を促すという賃金・物価の悪循環を生んだ。

 最後に、当時は、失業手当や老齢保険、児童扶助など、購買力の低下をカバーする政府の措置が何もなかった。

 以上から、次のように結論できると思う。金融市場については、20年代末と若干の類似点がある。しかし、もっと広範な経済構造の面では、かなり深刻なリセッションが起こることはあっても、大恐慌に匹敵するような破局はないと思う。