中間管理職に必要な
ピープルマネジメント
実際に、個人が目指すキャリアと会社の目標の“すり合わせ”に力を入れる企業も存在する、と藤井氏。コンピューターソフトウェアの開発・販売などを手掛けるSAPジャパンでは、日常的に上司と部下が1on1で対話をする「SAP Talk」という取り組みを行っているという。
「SAP Talkは、上司ではなく部下がリードする1on1です。部下は自身が目指す将来像や、それを実現するために必要な事項を明示しつつ、自己変革と組織の成功をリンクさせていく施策になります。あくまで例ですが、部下が『今はエンジニアだが、3年後にはマーケターのプロになりたいので、○○というツールを使った仕事がしたい』と話すと、マネージャは『それなら、××という案件でそのツールを使っているから組み合わせてやってみよう』といった提案をすることなどが考えられます。まさに、個人のキャリアと業務をすり合わせる1on1です」
社員のライフゴールに耳を傾け、自社で可能な解決策を提示する。企業と部下、双方にとって実のある1on1になりそうだ。そのほか、京屋染物店という老舗染物店では、社員全員が10年後の自分の未来像を記入する「10年年表」を作成し、個人の夢を共有。個人の夢の実現に、会社が関わることもあるという。
たとえ所属している企業が、そうした取り組みをしていなくても、仕事を割り振る際の工夫ひとつで若手社員のモチベーションアップと定着率の向上が見込める、と藤井氏。
「40代、50代の中間管理職から『20代の社員が言うことを聞かない』と嘆く声をよく耳にします。しかし、本当に20代の社員だけが悪いのでしょうか。中間管理職の仕事は『2つのP』と言われていて、一つは会社の業績を上げる“パフォーマンス・マネジメント”、もう一つは人と組織を強くする“ピープル・マネジメント”を指します。現代の40~50代は会社中心の人生を送ってきたので、パフォーマンスマネジメントだけを重視する中間管理職が多く、部下本人の特性や目標とかけ離れた仕事を割り当ててしまうケースが非常に多いのです」
その結果、若手社員のモチベーションが下がり、中間管理職にとって“言うことを聞かない若手”となる。一方の若手社員にとっても働くメリットが感じられず、離職のリスクが上がってしまうという。
リクルートHR統括編集長
1988年にリクルート社入社以来、人材事業のメディアプロデュースに従事。TECH B-ing編集長、Tech総研編集長、アントレ編集長、リクルートワークス研究所Works編集部編集部員として活躍。リクルート経営コンピタンス研究所兼務。著書に『働く喜び 未来のかたち』(言視舎)。日本の未来を“良い未来につなげる兆し”を『コレカラ会議』にて発信中。
「一方、ピープル・マネジメントに長けた中間管理職は、個人が目指すキャリアを軸に話をします。たとえば『将来はパン屋を開きたいと言っていたけど、店の経営には会計の知識も必要。当社の業務では輸出管理の仕事が参考になるからやってみては?』と提案する。個人の先の人生を考えて業務を割り当てるので、若手社員も積極的に仕事に取り組んでくれるのです」
一人ひとりのライフゴールと業務を重ねるには、部下が何を考え、どんな未来を描いているのか、その声を聞く必要がありそうだ。そして「若手の意見を取り入れる企業は成長する」と、藤井氏は話す。
「人を資本と考える人的資本経営のキーワードは“関心”です。関心という言葉は、『心で関わる』とも読めます。若い人たちが、今何に心を向けているのかは、心で関わらなければ見えません。彼らに“やりたいこと”を聞くと、驚くようなアイディアが飛び出してくるので、それを実現するのも上司の仕事です。企業が成長を続けて次の世代にバトンを渡すためにも、まずは個人と向き合ってみてください」
日本人の仕事に対する価値観が変わりつつある今、Z世代から新たな発想や価値観を学ぶ必要がありそうだ。