三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第34回は就職活動に励む学生や、社会人にもオススメの一冊を紹介する。
就活の企業研究で株式投資?
桂蔭学園投資部で活動する町田倫子は、就職活動で手当たり次第に有名企業を回る姉・浩子に、企業研究の一環として株式投資を勧める。就活で疲弊している姉は、そんな時間はないと妹の提案を拒絶する。
多くの学生にとって、インターンを含む就職活動はリアルな大人の世界に接触する最初の機会だろう。そのファーストコンタクトは5年、10年、場合によっては30年といった長い時間を左右する可能性を秘めている。
その割には、作中で描かれるように、学生諸君(我が娘を含む)はいささか準備不足のように見受けられる。深く考えずに選んだ新聞社に28年も勤めた私に、どうこう言う資格がないのは承知だが。
就活に備えて「株を買ってみたら?」という提案は、なかなか面白い。企業を見る目が多角的になるし、自分のお金を投じるとなれば真剣さも変わる。だが、倫子が「とても無理よ」とこぼすように、ほとんどの人はそこまで手が回らないだろう。
徹夜で一気読みする猛者も!
そこでお勧めしたいのが「会社四季報」の通読だ。
「四季報」は個別株の投資家の間では定番中の定番の定期刊行誌で、業績を中心に全上場企業の経営状況をデータ付きで年4回アップデートしている。新刊の発売日に厚さ5センチ、4000社近い全上場銘柄の記事を徹夜で一気読みする猛者も少なくない。
社会人でも「四季報」通読は一度はやってみる価値がある。ざっと流し読みするだけでもいい。大事なのは全ページに目を通すこと。ほとんどの人は「こんな上場企業があったのか」と驚くだろう。聞いたこともない売上高100億円超の会社がゴロゴロ見つかるはずだ。
私自身は入社2年目に「通読」を実行した。正確には、読んだのは勤務先の日本経済新聞社が発行していた四季報スタイルの「日経会社情報」(現在は電子版のみ)。
「会社情報」を書く担当に異動になり、必要に迫られて自分の担当企業と主要企業に目を通していたところ、「これは一度、全部読んだ方がいいな」と思い直した。自分が「ニッポン株式会社」についてあまりに無知だと痛感したからだ。
読み比べで「四季報」もかなり読んだ。よく知らない優良企業を見つけたら、付箋を貼っておき、記事検索システムで追加情報を調べた。今ならその場でネット検索するところだろう。
「ニッポン株式会社」の解像度が上がる
「四季報」の利点は記者のコメントや決算・財務、株主のデータなどが同じフォーマットで並んでいること。リズムができるとポンポン読み進められる。私自身は仕事の合間に1週間ほどかけて「会社情報」を通読した。素材関連や自動車・電気機器の部品産業のすそ野の広さを改めて実感するなど発見は多かった。
読み終えた時には、大企業に偏っていた知識のすきまが少し埋まり、「ニッポン株式会社」を見渡す地図がぼんやりと見えたような気がした。この経験は、その後の記者人生でとても役に立った。
就活にしろ、ビジネスにしろ、自分の現在地をつかむのが「はじめの一歩」だ。四半世紀前の駆け出し記者のように「右も左も分からない」と感じているなら、まずは地図の解像度を上げてみてはどうだろうか。