葉巻をモチーフにした洋菓子「シガール」は、ビジネスシーンでの手土産の定番だ。製造元の老舗洋菓子メーカー・ヨックモックはこれまで、百貨店などを中心に出店してきた。「デパ地下」などでシガールが売られているのもおなじみの光景だといえる。そんな同社は新しい販売方法を模索し、23年に「お菓子の自販機」をスタート。この10月には東京・六本木に2号機を設置した。なぜ百貨店を飛び出し、自販機でお菓子を売ろうと考えたのか。老舗による「意外な決断」の裏事情に迫る。(フリーライター 鬼頭勇大)
手土産の定番・ヨックモックは
もともとチョコレート会社だった!
1969年に創業し、2024年に55周年を迎える国内洋菓子の老舗企業・ヨックモック。中高年の女性を中心に、贈答品ニーズの受け皿として人気を博し続けてきた。同社の代名詞といえば、クッキーを巻いた独特の形状で知られる洋菓子「シガール」。しかし、もともとはクッキーではなく、チョコレートを扱う企業だったことをご存じだろうか。
ヨックモックの創業者である藤縄則一氏は、菓子卸業を営む一家に生まれ、兄弟で1934年に「藤縄商店」を開業。しかし、第2次世界大戦の混乱などを経て製菓の道からしばらく離れた。その後、兄弟の死を乗り越えて1946年に藤縄商店を再建する。
当時はチョコレートを扱っていたが、時代の変化に伴って流通網や消費者のニーズが変化。大手メーカーが安価かつ効率的に商品を提供できる量産体制を敷いたことなどもあり、藤縄氏は中小メーカーとして生き残るため、別の道を模索し始める。
多くの消費者が菓子に何を求めているか――新たな商品を企画するに当たり、洋菓子の本場である欧州への視察旅行などを経て藤縄氏がたどり着いたのが、厳選した原料と技術を元にした商品だった。具体的には、バターをふんだんに使ったクッキーだ。
ヨックモックの友弘智之氏(営業企画部 営業推進グループ 広報チーム 主任)によると、藤縄氏の発想は、ある意味で当時のタブーともいえるものだったという。当時は今以上にバターは高価で、さらに菓子の原料として大量に使うと崩れやすくなってしまうからだ。
実際に試作を何回も繰り返したが、生地が崩れやすく難航したという。そうした中で転機となったのは1枚の絵だった。フランス人画家のリュバン・ボージャンによる作品『巻菓子のある静物』を見た藤縄氏。作品に描かれた、紙のように薄く焼き上げられたロール状の菓子から、生地を巻いて重ねることで耐久性を高めるアイデアをひらめいたという。
そうして開発されたのが、1969年に発売し、以降長きにわたって愛されているシガールである。同じタイミングでヨックモックも創業した。驚くべきは、長い歴史の中で商品改良は一度だけという点。1974年にアーモンドパウダーを追加した以外、当時の味を守り続けている。
そんな伝統あるヨックモックだが、実は2023年から「お菓子の自動販売機」の設置をスタートするなど、新たな試みを始めている。
なぜ同社はおなじみの百貨店を飛び出し、自販機でお菓子を売ろうと考えたのか。また、自販機利用客の意外な購買行動とは――。次ページ以降で詳しく解説する。