人はなぜ病気になるのか?、ヒポクラテスとがん、奇跡の薬は化学兵器から生まれた、医療ドラマでは描かれない手術のリアル、医学は弱くて儚い人体を支える…。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、X(twitter)で約10万人のフォロワーを持つ著者(@keiyou30)が、医学の歴史、人が病気になるしくみ、人体の驚異のメカニズム、薬やワクチンの発見をめぐるエピソード、人類を脅かす病との戦い、古代から凄まじい進歩を遂げた手術の歴史などを紹介する『すばらしい医学』が発刊された。池谷裕二氏(東京大学薬学部教授、脳研究者)「気づけば読みふけってしまった。“よく知っていたはずの自分の体について実は何も知らなかった”という番狂わせに快感神経が刺激されまくるから」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

ノーベル賞学者マリ・キュリーの悲劇の真相・・「放射性物質を用いて実験を繰り返したことが原因」は大きな誤解!?Photo: Adobe Stock

マリ・キュリーの功績と不運な死

 マリ・キュリーは、第一次世界大戦中の戦場で、負傷者の治療にも大きく貢献した。

 それが「プチ・キュリー(petites Curies)」と名づけられた移動式のX線装置だ。

 ヴィルヘルム・レントゲンが発明したX線は、戦争で負傷した兵士の骨折の部位や、体内に残った弾丸、その破片の位置を特定するのに大いに役立つツールであった。

 マリ・キュリーは、X線装置を搭載した車両を自ら戦場に導入することで、X線を用いた画像診断に尽力したのである。

 だが、一九三四年、不運にもマリ・キュリーは、骨髄の障害によって起こる再生不良性貧血でこの世を去った。

 長年に渡り放射性物質を用いて実験を繰り返したことが原因とされているが、近年は、第一次世界大戦中の度重なるX線検査への立ち会いの方が大きな要因になったと考えられている(1・2)。

 むろん、再生不良性貧血や白血病などの血液疾患は、放射線被曝がなくても生じる病気である。病気と発症要因の因果関係はシンプルではなく、医学が発展した現代においても、その特定は困難だ。

 だがいずれにしても、現代の医療現場で当たり前に行われるような、高度な被曝防止策がとられなかったことが、当時多くの人の命を縮めた可能性は高いだろう。

放射線を用いたがん治療

 放射線による細胞へのダメージを逆手に取り、がん治療に生かしたのが放射線治療だ。

 私たちの細胞にはDNAの損傷を修復するしくみが多数備わっている。なぜなら、DNAの損傷自体は紫外線等の環境因子によって日常的に起こっており、修復機構がなければ私たちは生きていけないからである。

 むしろ、生命の設計図たるDNAに損傷を引き起こす光線が、地球上に日々降り注いでいるからこそ、DNA修復システムを備えた生物が進化の過程で生き残ってきたのである。

 また、細胞分裂の際にはDNAを複製する必要があるが、この複製の際にも一定の割合でエラーが起こる。こうした「コピーミス」を修復するのも、このしくみの役割だ。

 一方、がん細胞はDNAを修復するしくみが十分に機能していないため、放射線のダメージを受けた際、正常細胞より死に至りやすい。

 また、がん細胞は正常細胞に比して細胞分裂が盛んで、放射線による影響を受けやすいのも特徴だ。この違いを利用してがんに治療効果を発揮するのが放射線治療のコンセプトである。

 放射線治療は、体外から狙った領域に放射線を当て、病変に高いエネルギーを与えることでがんを破壊する。

 あるいは、放射性物質を体内に差し込んでがんの近くから放射線を当てる小線源治療や、放射性物質を製剤として投与し、それが治療対象となる病変に集まる性質を利用した内照射など、さまざまな種類がある。

 十九世紀末から二十世紀初頭、私たち人類は放射線という新たな概念を知り、その性質を明らかにしてきた。

 その間に多くの人たちが障害に苦しみ、命を失ってきた。だが同時に、放射線は「診断」と「治療」の両面で多くの人命を救い、医療においてなくてはならない存在になった。

 放射線にまつわる歴史を振り返ると、私は人類の愚かさと底力を思い知るのだ。

【参考文献】
(1) IEEE Spectrum for the technology insider「How Marie Curie Helped Save a Million Soldiers During World War I」
(https://spectrum.ieee.org/how-marie-curie-helped-save-a-million-soldiers-during-world-war-i#)
(2)“X-rays, not radium, may have killed Curie” Butler D. Nature. 1995;377(6545):96.

(本原稿は、山本健人著すばらしい医学を抜粋、編集したものです)

山本健人(やまもと・たけひと)

2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は1000万超のページビューを記録。時事メディカル、ダイヤモンド・オンラインなどのウェブメディアで連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー約10万人。著書に18万部のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』(幻冬舎)、『もったいない患者対応』(じほう)、新刊に『すばらしい医学』(ダイヤモンド社)ほか多数。
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