都市交通における
吉蔵の二つの功績

 政界に進出した吉蔵は、鉄道マンの経験を遺憾なく発揮した。党の交通部会長、大都市交通小委員長、総合交通調査会モノレール小委員長、国鉄基本問題調査会副会長など、政策立案部門の要職に就き、全国通運連盟、全日本トラック協会、日本地下鉄協会といった運輸・交通業界団体の会長を務めた。

 島根県選出の運輸族議員というとローカル線建設を推進するイメージを描きがちだが、彼はかねて都市交通に強い関心を抱いていた。運輸省国有鉄道部長時代には、これからの都市交通の主役である地下鉄の整備を促進するため省内に都市交通課を新設し、諮問機関の都市交通審議会を立ち上げた。

 地下鉄建設最大のネックは建設費だ。莫大な建設費を負担しては公営地下鉄であっても経営が成り立たないため、かねて補助金の必要が論じられていたが、吉蔵が中心となって建設費の7割を国と地方公共団体で補助する制度を創設し、各都市の地下鉄建設が加速した。

 もう一つ大きな功績は、踏切を除去する連立立体交差事業において、鉄道を所管する運輸省と道路を所管する建設省の間に立って調整し、「建運協定」を結んだことである。

 実は国鉄と建設省の間で取り交わされた従来の「建国協定」も、吉蔵が役人時代に実現したものだった。こちらは国鉄が費用の3分の1、建設省が3分の2を折半する取り決めとなっていたが、国鉄の財政悪化で費用負担が困難になり、連立立体交差が進まなくなっていた。そこで建設省の潤沢な道路財源を活用し、鉄道側は受益の範囲のみ負担する新たな協定を1964年に締結した。

 また都市モノレール整備における補助制度創設にも深く関わっており、現在の都市鉄道の大部分が吉蔵の仕事であるといっても過言ではない。