巨星落つ──。まさにその言葉がふさわしい。創価学会名誉会長の池田大作氏が11月15日、老衰のため死去した。希代のカリスマの死は、日本最大規模の宗教組織に一体どのような影響をもたらすのか。(ダイヤモンド編集部 重石岳史)

「Xデー」に備えて周到に準備していた学会

池田大作氏死去、カリスマなき後の創価学会が迎える「集票力」「人材」2つの難題Photo:JIJI

 11月18日は、創価学会にとって極めて重要な意味を持つ。初代会長の牧口常三郎氏が著書『創価教育学体系』第1巻を発刊した1930年11月18日は、学会創立の日である。その牧口氏は戦時下に思想犯として逮捕され、44年11月18日に獄中死した。

 そして2023年11月18日。学会は、名誉会長である池田大作氏の死去を発表した。前日、東京・信濃町の学会施設「広宣流布大誓堂」では、学会創立記念日を祝賀し、牧口氏を追悼する行事が執り行われたばかりだった。

 学会の発表によれば、池田氏が新宿区内の居宅で亡くなったのは11月15日夜だ。公表を3日間控えたのは、創立記念の諸行事を予定通り行ってほしいとの遺族の意向があったからだという。

 17日に近親者のみで家族葬を行い、18日には原田稔会長や、池田氏の長男で主任副会長の博正氏が動画による談話コメントを粛々と公表した。

 死去の報を一切外部に漏らさずに事を進めた手際の良さから、「Xデー」に備えて周到に準備していたことがうかがえる。実際、重病説が取り沙汰された池田氏が10年に表舞台から去って以来、学会は「ポスト池田」体制の整備を着々と進めてきた。

 14年に会則の教義条項を改正し、日蓮正宗宗門との関係を完全に断ち切った。学会員の経本である「勤行要典(ごんぎようようてん)」に、牧口氏、第2代会長の戸田城聖氏、そして池田氏を「永遠の師匠」と仰ぐ文言が記され、17年にはこれらを明文化した学会の最高法規「会憲」が制定された。

 牧口、戸田、池田の3氏を「三代会長」として神格化し、原田会長を中心とする集団指導体制への移行──。池田氏亡き後の組織固めは順調に進んだかに見える。