必ずしも「知略型」が勝つわけではない
意外な理由とは?
というのも、ビジネスの世界では「論理的思考(ロジカルシンキング)」や「データ分析」が大事だといわれて久しい。
特に近年は顧客データや市場動向、競合他社の動向などを分析したデータマーケティングが重要視されている。MBA(経営学修士)でも、データに基づいた経営手法や理論が教えられている。
一方、勘で動く本能型は、たとえ本人に何らかの根拠があったとしても、部下や周囲からすれば「適当に意思決定している」「気の向くままに動いている」ようにみえるはずだ。
それなら、天候・地理的条件・兵糧の残り具合・軍の士気など、周囲の環境や敵味方の戦力を総合的に見て「知略的」に戦った方が勝てると思うだろう。
しかし作中では、前述した呉慶と麃公が「蛇甘平原(だかんへいげん)の戦い」で激突した結果、「本能型」の麃公が勝利する。ビジネスの現場でも、細かなリサーチを重ねて作戦を立てるよりも「現場の勘」「肌感覚」を大切にした方がうまくいく場合もある。
もちろん毎回ではないが、「本能型が知略型に勝つこともある」「直感が分析に勝るときがある」というわけだ。なぜ、こういうことが起きるのだろうか。
その理由について、入山氏は「バイアスとヴァライアンスのジレンマ」と呼ばれる理論を引き合いに出して説明している。
ここでいうバイアスとは、一般的に言われているのと同じ「人の認知や思考の偏り」や「先入観」などを指す。人間の思考が未熟であり、偏りがあればあるほど、意思決定でもミスが起こりやすくなる。「本能型」のリーダーはこれに頼りがちだ。
一方のヴァライアンスとは「情報収集などで得られた『変数』が、将来の予測に役立たないこと」を指す。
変数とは、顧客やライバルの動向、市場の伸び方、周辺の事業環境、従業員のやる気――といった分析対象(データ項目)である。「知略型」のリーダーはこれらの変数を集め、正確な分析を試みる。
だが、ここに盲点が潜んでいる。変数の中に「過去では有用だったが、今は役立たないデータ」「他業界では意味があったが、今の業界には無関係なデータ」などが紛れ込んでいるかもしれないのだ。そうすると分析の精度は落ちる。データ分析も「完璧な手法」ではないということだ。
すなわち、「知略」に基づいて客観的なデータ分析を試みると、変数の中に不要なものが紛れ込んでいる可能性がある。かといって、そこから脱却しようと「本能」に頼ると、人の認知や思考に左右されがちになる。
人間による意思決定は、そうしたジレンマを抱えているのだ。