空が青い理由、彩雲と出会う方法、豪雨はなぜ起こるのか、龍の巣の正体、天使の梯子を愛でる、天気予報の裏を読む…。空は美しい。そして、ただ美しいだけではなく、私たちが気象を理解するためのヒントに満ちている。SNSフォロワー数40万人を超える人気雲研究者の荒木健太郎氏(@arakencloud)が「雲愛」に貫かれた視点から、空、雲、天気についてのはなしや、気象学という学問の面白さを紹介する『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』が発刊された。鎌田浩毅氏(京都大学名誉教授)「美しい空や雲の話から気象学の最先端までを面白く読ませる。数学ができない文系の人こそ読むべき凄い本である」、斉田季実治氏(気象予報士、「NHKニュースウオッチ9」で気象情報を担当)「空は「いつ」「どこ」にいても楽しむことができる最高のエンターテインメントだと教えてくれる本。あすの空が待ち遠しくなります」と絶賛されている。今回は、気象予報士太田絢子氏の原稿を特別に掲載します。

クリミア戦争、太平洋戦争、そしてウクライナ侵略…「戦争」と「天気予報」の意外な関係とはPhoto: Adobe Stock

天気予報を発展させたクリミア戦争

 普段何気なく利用している天気予報。

 ですが、一見関係の無いように見える戦争とは切っても切れない関係にあります。私たちが日々天気予報を利用できるのは、平和の証でもあるのです。

 そもそも、天気予報に欠かせない天気図が普及したのも、1853年に始まったクリミア戦争がきっかけです。

 黒海から地中海への勢力拡大を狙うロシアと、それを防ごうとするオスマン帝国にイギリスやフランスが後ろ盾として加わり、争いました。

 クリミア戦争中の1854年11月14日、黒海を襲った嵐によりイギリスとフランスの連合艦隊の多くが沈没し、甚大な被害が発生しました。

 この嵐の分析を担った、当時パリの天文台所長ユルバン・ルヴェリエは、暴風をいち早く知らせる気象情報の必要性をナポレオン三世に提言したのです。

 パリ天文台は、クリミア戦争が終結した7年後の1863年から、定期的に港に暴風の接近を知らせるようになりました。

 これと同時に、日々の天気図を公開し始めたのです。

太平洋戦争時の大惨事

 その天気図をもとに作成された天気予報が、一般の人たちに届くのは当たり前のことではありませんでした。

 1941年12月8日に日本軍は真珠湾への奇襲攻撃を行い、太平洋戦争が勃発しました。この日から日本国内では気象情報は重要な軍事機密となり、天気予報や観測情報の報道は厳しく制限されたのです。

 というのも、戦争において自国の気象情報を隠しておくことは、戦争を有利に進めることにつながるからです。

 このため、1942年8月27日に台風が九州の西を北上して長崎県に接近・上陸した際には、多くの住民が直前にしか台風の接近を知ることができず、十分な対策が取れないままに台風の被害に巻き込まれました。

 死者700名以上にもなったこの台風は、山口県の周防灘沿岸に大きな高潮被害をもたらしたため、「周防灘台風」と呼ばれています。

クリミア戦争、太平洋戦争、そしてウクライナ侵略…「戦争」と「天気予報」の意外な関係とは「周防灘台風」の天気図。出典:「『天気図』1942年8月27日」(国立国会図書館デジタルコレクション)。https://dl.ndl.go.jp/pid/12897022 (参照 2023-10-12)

ウクライナ侵略と気象観測データ

 現代では、世界気象機関(WMO)の加盟国は観測データを共有しているため、太平洋戦争中のように自国の天気予報に全くアクセスできなくなるのは考えにくいです。

 しかし、今も軍事侵攻の影響が、天気予報の基となる気象観測に出ている地域があります。

 2022年2月下旬、ロシアがウクライナへの軍事進攻を始めたころから、しばらく首都キーウの気象観測データが欠けています。

 これは観測機器の損傷や通信障害、職員への影響など、様々な要因が考えられます。

クリミア戦争、太平洋戦争、そしてウクライナ侵略…「戦争」と「天気予報」の意外な関係とは2022年2月12日から3月14日までのキーウの観測データ。気象庁ウェブサイトより。

 ウクライナ全土でみてみると、軍事侵攻前の2月1日はウクライナ国内の約30地点で気温を観測していましたが、軍事侵攻後の3月1日は半減しています。

 2023年10月時点では復旧している所が多いものの、ロシアに近いマリウポリでは気象観測データが欠けたままになっているのです。

 また、現代では衛星観測が充実しているのも、太平洋戦争中とは大きく事情が異なる点です。

 衛星は宇宙から地球で起きているあらゆる現象を観測していて、雲などの自然現象のほかにも、人間の活動など、世界各国が様々な目的で打ち上げています。

 軍事侵攻の状況や被害の状況がわかることがあるため、技術の進歩によって緊急の情報の位置づけも変わってきているようです。早期停戦を祈りながら、天気予報に軍事侵攻の力が及ばない日々が来ることを願うばかりです。

【参考文献】
山口県災害教訓事例集
 https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/uploaded/attachment/20204.pdf
気象庁「世界の天候データツール」
 https://www.data.jma.go.jp/cpd/monitor/dailyview/index.php
フランス気象局
 https://meteofrance.fr/

(本原稿は、荒木健太郎著読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなしの内容と関連した、ダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)

太田絢子(おおた・あやこ)
気象予報士・防災士・気象防災アドバイザー。
愛知県出身。中学生のころから気象に興味をもち、早稲田大学在学中に気象予報士試験に合格。卒業後は損害保険会社に就職し、交通事故や自然災害に遭った人へのサービス業務に従事。自然災害が多発するなかで、災害の被害に遭う人をゼロにしたいと思うようになり、気象キャスターへ転身。これまでNHK松山やCBCテレビで気象解説を行う。編集協力に『もっとすごすぎる天気の図鑑』『雲の超図鑑』(以上、荒木健太郎著/KADOKAWA)、『読み終えた瞬間、空が美しく見える気象のはなし』(荒木健太郎著/ダイヤモンド社)、気象監修に『RE:VISION ART PROJECT(気候変動と難民問題の未来を描き換えるアートプロジェクト)』(国連UNHCR協会)などがある。現在はアメリカ・ロサンゼルスに在住。
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