デザインの力を伝え、関わる人をハッピーにする

徹底したユーザー理解から生まれる「らしさ」のデザインYoshifumi Ishikawa
キヤノン 理事 総合デザインセンター所長
1984 年、キヤノン入社。EOS-1Vをはじめカメラ、ビデオのデザインを数多く手掛ける。98 年にキヤノンUSA に赴任。シニアビジネスプランナーとして新規事業の立ち上げを担当。帰国後、インターフェースデザインの部門長としてUX開発の基盤を構築。2012 年、総合デザインセンター所長に就任し、製品デザインを総括するとともに、事業テーマの早期提案や将来ビジョン活動に参画。キヤノングループのデザイン関連分野とコーポレートデザイン支援活動を統括している。

──非常にスムーズに「デザイン経営」が実践されているように見えます。

 でも、ここまでの話は実は半分なんです。「デザイン経営」というと、イノベーションや新規事業開発などの側面ばかりが注目されがちですが、経営ってそういう「攻め」だけではありません。「守り」の部分、つまり、社員一人一人の幸せや、キヤノンで働く喜びまでもデザインして初めて「デザイン経営」といえるのではないかと。

 当センターにも、研究開発部門としての顔と、コーポレート部門としての顔があります。だから、ものづくりにフォーカスするのも大事だけど、全社を俯瞰する高い視座と広い視野も必要だと思っています。特に大事にしているのが「協働」です。ハードなプロジェクトでも、総合デザインセンターのメンバーが入ると楽しい、面白い、前進する……。インハウスのデザイン部門として、社内でそんな存在にならなくちゃいけないと思うんです。

──コーポレート領域でもさまざまなデザインプロジェクトがあるのですか。

 その一例が社会貢献活動です。例えば、キヤノンでは古くからトナーカートリッジの回収・リサイクルに取り組んでいるので、これを題材に、社員が小学校に出向いて環境学習をお手伝いする「出前授業」をやっています。教材やカリキュラム作りに当センターが関わり、先生役を社員が務める。すると、子どもたちも喜びますが、先生役の社員の自己肯定感がすごく高まるんです。

 「綴(つづり)プロジェクト」という、伝統文化継承の取り組みもあります。びょうぶやふすま絵のような貴重な日本の文化財を、キヤノンのイメージング技術を駆使して高精細に複製して活用するプロジェクトです。今年(23年)4月から5月にかけて、福島市写真美術館で展覧会を開催したのですが、現地の運営や接遇を福島キヤノンの社員が担いました。これも、キヤノンで働くことの価値の再認識につながっています。

 こういうプロジェクトでは、会議でアイデアが出ればデザイナーがすぐにラフ案を描くし、それをもむと、次はもっと精緻なイラストが出てくる。こうやって企画がどんどん可視化されていく体験って、製造部門や地方の営業所の人にとってはすごく新鮮だと思うんです。

徹底したユーザー理解から生まれる「らしさ」のデザイン©CANON

──「デザイン思考」という言葉はビジネスパーソンにもかなり広がっていますが、確かに、実際に物事がデザインされていくプロセスを体感する機会はあまりないかもしれません。

 そう、体験して初めて「こういうことか!」と腹落ちするんです。プランが形になり、世の中に広がっていく──というのは、まさにデザインの醍醐味です。私たち総合デザインセンターは、これをデザイン業界だけの暗黙知にせず、広く社会に伝えなくちゃいけないと思って活動しています。

 キヤノングループ社員向けには、毎年「Design Week」というデザイン成果の報告会を開催していますし、社外向けにも「Meet-up Canon Design」というオンラインセミナーでデザインの意図やプロセスを発信しています。デザインになじみがない人に、デザインの力をちゃんと伝えるには高い言語化能力が求められますから、デザイナーのコミュニケーションスキルも鍛えられます。これからも、社内外を問わず、関わった人みんながハッピーになれるように、デザインの力を使っていきたいと思います。