徹底したユーザー目線の先に「キヤノンらしさ」が宿る
──デザインの機能が拡張していく中で、経営層との距離感や認識のギャップはありませんか。
それはありません。キヤノンの総合デザインセンターは、私が所長に就任するずっと以前から社長直轄組織ですし、経営層も開発部門もデザインを非常に重視しています。それだけデザインに求める水準が高いので、そういう意味での厳しさはありますが。
そもそもキヤノンは、「使いやすさ」と「らしさ」をデザインで追求することで成長してきた企業です。特にカメラは、高度経済成長期に輸出で国益に貢献してきたプロダクトです。1957年にキヤノンのフィルムカメラの「L1型」と8ミリメートルのシネカメラ「8-T」が同時にGマーク第1号を取得しているのが象徴的ですが、欧米の模倣ではないオリジナルなものづくりに、当時から徹底的にこだわってきたのです。
──そういった「らしさ」を競争優位につなげるためには、維持するための仕組みが必要だと思います。
仕組みというよりカルチャーかもしれません。無理に近づけなくても、線の引き方一つ、面の取り方一つにアイデンティティーが宿る。それを支える仕組みとしてあえて挙げれば、10年から、あらゆる領域のデザイナーが参加する「デザイン審議会」を設けています。ここで「キヤノンらしい」と合意できたデザインだけが、最終推奨案として事業部に提案できる。さまざまな視点でああでもないこうでもないと議論した先に、伝統校の校風みたいに「キヤノンらしさ」がにじみ出てくるのです。どの製品もユーザーの厳しい要求に応えて個別最適を極めに極めているからこそ、最後に残った「表現」が共通してくるのかな、とも思います。
──デザインの役割の拡張とともに、デザイナーがビジネス側に越境する動きも増えていますか。
増えています。ただ「社員の幸せ」を考えると、難しいところもある。もちろん、自ら望んでビジネスを学びたいというデザイナーの希望はなるべくかなえたいと思いますが、会社として強制はできないと思っていて。当センターには、早くから自分の才能や嗜好に気付いて努力を重ねてプロになった人が多いんです。好きな仕事で人に喜ばれてお給料をもらって、生活を営んでいく……って素晴らしいことでしょう。私も米国で事業開発に携わった経験がありますが、声が掛かったときは「デザインを離れる」ことに強い葛藤がありました。新しいことをするのは負荷がかかるので、本人の強い意思がなければうまくいきません。
新入社員には、3年間の研修プログラムを綿密に立てて、視野を広げられる経験も組み込むように配慮していますが、やはり優先しているのは、まずは専門分野で一人前にすることですね。
──自分のドメインを持つことで、立ち返るべき原点ができて強くなるということでしょうか。
そうです。ただ、特に中堅どころの人たちに、当センター内での隣接領域へのチャレンジは意識的に勧めています。プロダクトデザイナーに「CGやってみない?」とか、UXデザイナーに「リサーチもどう?」とか。スキルの習得や向上を主眼に、シビアにビジネスの成果を求めない「アドバンスデザイン」のプロジェクトも積極的に起案してもらっています。