カメラやプリンターなどのコンシューマー製品だけでなく、印刷、医療、映像、産業機器など幅広い産業領域で、プロフェッショナルの精緻な仕事をサポートするBtoB向け機器を開発し続けているキヤノン。この強いブランド力を支えているのが、企画・開発からユーザーとのコミュニケーションまで、ものづくりのあらゆるフェーズに関わっているキヤノン総合デザインセンターだ。ユーザーを徹底的に見つめた先に立ち現れる「キヤノンらしさ」とは。同センター所長の石川慶文氏に聞いた。(聞き手/音なぎ省一郎、坂田征彦、構成/フリーライター 小林直美、撮影/まくらあさみ)
DXで拡大したデザインセンターの役割
──「Canon EXPO 2023」(2023年10月18日〜20日にパシフィコ横浜で開催)の展示を見て、プリンターやカメラはもちろん、医療機器や半導体製造装置などの産業機器から、超軽量のメタレンズやXRグラスなどのデモ製品まで、領域の広さに圧倒されました。
Canon EXPOは、2000年から5年ごとに開催している技術やソリューションの総合展示会です。今回はコロナ禍を挟んで8年ぶりの開催ということもあり、事業領域の広がりを反映したボリュームのある展示になりました。
──カテゴリーは多種多様ですが、不思議なほど製品デザインに統一感がありますね。
そうなんです。キヤノンには「プリンティング」「イメージング」「メディカル」「インダストリアル」の四つの事業領域があるのですが、今回はEXPOの会場に、それらの製品群を俯瞰できる「丘」を設けました。すると、プロのフォトグラファーが使う一眼レフカメラと、医師や検査技師が使うCT装置みたいに、全然違うモノの造形がなんとなく近しい。2010年から、製品カテゴリーの壁を越えてデザインを統制していこうと<Canon Design Identity>という取り組みに力を入れていて、今回のEXPOでそれが形になったと思います。
──デザインそのものはもちろんですが、この10年間で総合デザインセンターの役割や組織も変化しているのでしょうか。
大きな変化としては、よりエキスパート寄りのプロフェッショナルユーザーに向けたデザインが強く求められるようになったことがあります。それに伴って当センターの組織や機能も拡充しています。具体的には、①デザインリサーチ、②プロダクトデザイン、③UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン、④ユーザビリティデザイン、⑤コミュニケーションデザイン、⑥CG、⑦空間デザイン、⑧情報システム・配信、という八つのチームが相互に強く連携しながら活動しています。
──プロダクトやUXといった製品周りのデザインだけでなく、前後の役割がずいぶん広がっていますね。
特に強化したのは、デザインリサーチと、CGやバーチャル空間のデザインです。デザイナー自身が簡単にユーザーになれない製品が増えたので、ユーザー理解のためのリサーチは必然的に重要になりますし、機能や操作性をユーザーに分かりやすく伝えるために、CGや動画を駆使したカタログやマニュアルの整備も求められます。大型の印刷機や医療機器の場合は「どこに置くか」も大事なので、実際の稼働環境をシミュレートできるバーチャル空間の構築も手掛けています。
こうした拡張を可能にしたのが当センター全体のDXです。チーム間でシームレスにデータがやりとりできるようになり、リアルとバーチャルを横断したデザインの内製化が進みました。
今年(23年)6月に発売し、世界中でご好評いただいている縦型デザインのVlogカメラ「PowerShot V10」の開発では一連のデザイン機能を全て生かしています。コロナ禍での開発でしたが、オンラインで潜在顧客層へのインタビューを重ねて検証と評価を繰り返し、機能にも形状にも、さらには販促にもきめ細かくユーザーの声を反映させることができました。老舗カメラメーカーにとってはチャレンジングな製品でしたが、需要予測からコミュニケーションまでのデザインを内製化し、開発のリードタイムをしっかり確保できたことは大きかったと思います。