このM&Aの中には、対象会社はグループイン後も引き続き上場を目指し、買い手もそれを支援する関係性を築いている例もあります。有名なのは、KDDIによるIoT通信のソラコム買収です。両社は、大企業のアセット活用で得られるパワーを宇宙船を引っ張る惑星の重力になぞらえ、「スイングバイIPO」という言葉も生み出しました。今年11月、ソラコムは東京証券取引所へ株式上場申請を行っています。
一方、2つ目の起業家のキャリア起点のM&Aは、事業承継とも似た面がありますが、スタートアップM&Aの場合、引退ではなく別の事業に挑戦する人が多い点が特徴です。起業家の中には「0→1」を得意として、ある程度まで事業を立ち上げた段階で後継者に譲っては、また別の分野で0→1を始める人たち、いわゆる連続起業家(シリアルアントレプレナー)がいます。また、得意不得意とは別に新たにやりたいことが見つかり、そちらに関心が移ってしまうケースもあるでしょう。最近は特にWeb3領域への挑戦を目指す起業家が増えています。
こうした場合、M&Aは起業家にとっての転職のようなものです。従業員や取引先といったステークホルダーに極力影響が及ばないよう、事業活動そのものは維持しつつ、経営権を託す相手を見つけ、自分自身の身を自由にする手段といえます。
スタートアップM&Aの企業価値算定:買い手の事業戦略とのマッチ度がカギに
ここまで、スタートアップのM&Aがなぜ起きるのか、買い手と売り手双方の事情を見てきました。次は、両者がM&Aの交渉を進める際に、論点になるポイントを概観しておきましょう。特に、スタートアップM&A特有の論点にフォーカスします。
まず、企業価値の算定に関しては、M&Aに臨む多くの起業家が戸惑う点に触れるべきでしょう。対象会社の企業価値は、それまでの資金調達のタイミングでは、主にVCによって算定されてきたケースが多いと思います。VCは投資先が将来上場したタイミングで持ち株を売却し、リターンを獲得することを想定しているため、類似の上場企業の株価を参考に企業価値の算定を行います(マルチプル法)。
これに対し、M&Aの買い手は「連結対象会社として、どれだけ利益計上に貢献してくれるか」を見るため、将来のキャッシュフロー予測をベースに算定します(DCF法)。マルチプル法では、投資家による成長期待の高い業種に属する企業には、その期待値が加味されるのに比べ、DCF法ではより堅めに見積もられることが一般的。このギャップが売り主側に受け入れられず、交渉が平行線に陥る事例もしばしば見受けられます。