三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第39回は、戦争がもたらす株価へのリスクを考察する。
「朝鮮特需」で浮揚した日本経済
主人公財前孝史は道塾学園投資部の歴史を調べるうち、初代主将であり自身の曽祖父である財前龍五郎の足跡にたどり着く。孝史は日露戦争に際して機敏に株式投資で成功をおさめた龍五郎の手腕に驚く。
古くから株式市場には「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」という格言がある。
膨大な物資が必要な戦争には、一時的な需要いわゆる特需を生む面がある。直接戦火に巻き込まれる立場でなければ、漁夫の利を得ることもあり得るという生き馬の目を抜くマーケットらしい冷徹な見方だ。1950年の朝鮮戦争が日本経済の浮揚につながった「朝鮮特需」はその典型例だろう。
もっとも、この格言はもう時代遅れと思われる。ロシアによるウクライナ侵攻は世界的なインフレと食糧・エネルギー供給の混乱を招いた。少なくとも、株式市場にとって買い材料となったとは言い難い。グローバル化が進んだ現代では「遠い戦争」などありはしない。
現在進行形のロシア・ウクライナ戦争が示すように、資産運用の面で戦争がもたらす大きなリスクのひとつは、インフレの加速だ。株式は一般にはインフレ耐性が高い、つまり物価上昇時には連動する形で価値が上がりやすいとされる。
株式vsインフレ、結果は?
その真偽を歴史的な視点で検証した好著が東京海上アセットマネジメントの平山賢一氏による『戦前・戦時期の金融市場』(日本経済新聞出版社)だ。平山氏はベテランファンドマネジャーと金融史研究家の二つの顔を持つ。
平山氏は昭和初期から第二次大戦後にかけての個別株の株価をていねいに収集して株式投資のパフォーマンスを算出。インフレヘッジの手段として株式が有効だったか検証するため、公式統計ではなく、米軍が収集していたヤミ物価のデータと比較した。
結論から言えば、戦中・戦後を通じた通算成績では、株式はインフレに負けている。戦争末期と戦後にかけてインフレが大幅に加速し、株価はそれに追いつけなかったからだ。敗戦で日本が被った痛手を考えれば、この結果には意外感はない。
だが、期間を区切って詳細に見ると、違った姿が浮かんでくる。敗色濃厚になる前の戦時期と、終戦後の混乱がやや落ち着いた1948年以降には、インフレ対比で株式はかなり健闘しているのだ。つまり、終戦前後の大波乱の期間を除けば、株式投資はインフレヘッジにそれなりに威力を発揮していたとも言える。
極端なインフレや戦後に行われた預金封鎖のような通貨制度の大幅見直しがあれば、株式の価値も大きく損なわれるリスクは高い。だが、そこまで事態が悪化しなければ、預金や国債に資金を置いておくよりは、実物資産を裏付けに持つ株式が優位を保てる可能性はある。
戦中・戦後の日本株とインフレについては、平山氏をゲストに招き、筆者のYouTubeチャンネルで詳細を紹介している。当時の株式取引の実態や戦前から続く数々の名門企業の顔ぶれ、平山氏のデータ収集の裏話など、ご興味がある方はぜひ動画をご覧いただきたい。